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第1話 使徒の帰還
こじんまりとした一軒家。
それが武蔵浦和教会の第一印象だった。
派手でも大きくもない三階建て。集会案内の看板と、屋根に十字架のシンボルがなければ教会とは思えない。住宅街に違和感なく溶け込んでいた。
上田克哉(うえだ かつや)は時刻を確認した。午前八時十七分。少し早いが日曜日なので問題はないだろう。牧師は十時半からの礼拝に向けて準備をしているはず。
「失礼ですが」
花壇に水やりをしていた背中に声を掛ける。
「こちらに的場牧師はいらっしゃいますか」
ジョウロを右手に持ったまま振り返ったのは、小柄な女性だった。若い。二十歳かそこらだろう。ストレートに伸ばした黒髪に白い肌が映える。取り立てて美人というわけではないが、華奢な身体といい、儚げな印象の女性だった。
女性は克哉の顔を凝視した。そしてそのまま動かない。おかしな反応に克哉は内心首をひねった。
「えっと……私は上田と申しまして」
不審者だと思われているのかもしれない。とりあえず名乗ることで警戒心を少しでも削ごうと試みる。が、女性は一歩後ずさった。大きく目を見開いた顔に浮かぶのは、まぎれもない恐怖だった。
「あ」
「あ?」
「す、すみません!」
叫ぶや否や女性はジョウロを抱えて踵を返した。外付の階段を駆け上がって二階玄関へ。克哉が止める間もなく、扉は閉められた。
三分、いや五分か。その後待てど暮らせど誰も出てこない。気配もない。何度呼び鈴を鳴らしても反応はない。克哉は玄関前で立ち往生した。
(来る場所を間違えたかもしれない)
早くも後悔が頭をもたげる。しかし警察があてにならない以上、克哉にできることは限られてくる。この教会の牧師に頼るほかない。
玄関の扉が再び開いたのは、克哉が呼び鈴を押しを再開しようとしたまさにその時だった。
「お待たせしました」
悪びれもなく言って顔を出したのは先程とは違う女性。
(天パだ)
第一印象がそれ。次いで、若いと思った。歳は先程の女性と変わらないか若干下だろう。どんぐり目を瞬かせてこちらを伺う様は無防備にも見えた。とても名探偵には思えない。
奔放にはねた髪はそのままに、黒のシャツにスラックスというセミフォーマルないで立ちをしていた。これから礼拝を執り行うからだと克哉は察した。十中八九、この女性が牧師なのだろう。
「……的場牧師でいらっしゃいますか?」
「はい」
天パの女性は名刺を差し出した。
「ようこそ武蔵浦和教会へ。当教会の牧師を務めております的場望と申します」
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