第2話 デリラの魔性

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 中原美和子。みわこ。『ミコ』と呼ばれてもおかしくない名前ではある。苗字で「御子柴」も期待したが、あいにく御子柴なるカウンセラーはこのクリニックにはいなかった。  池袋駅から徒歩数分のビルに拠点を構えるメビウスメンタルクリニック――企業相手の産業カウンセラーから個人相手の心療内科まで幅広く手掛けているクリニックだ。清潔感があり、かつ落ち着いた内装のオフィス。直也の電話帳にはここの代表番号が登録されていた。他にも美容院や歯医者も登録されていたが、一年以上使っていないので『ミコ』と関わっている可能性は低い。  カウンセラーのリストを一通り確認してから望は受付の女性に声を掛けた。 「カウンセリングをお願いしたいのですが」 「今から、ですか?」受付嬢の表情が曇る「失礼ですが、ご予約は……」  完全予約制。条件に一致する。 「後日で構いません。ただ、一つお願いがありまして」  カウンセラーの指名をしたいと願い出た。 「木下直也さんから紹介されたんですけど、同じカウンセラーの方をお願いできますか?」  過去にも同じような申し出があったのだろう。受付嬢はさしたる抵抗もなく面談可能な日時を挙げた。  中原美和子はかなり人気のカウンセラーらしく、最短で再来週の平日が空いているとのことだった。強引にねじ込みたいところだが、不審に思われたら厄介なことになる。一旦、最短日で面談の予約をした。 「木下直也さんからの紹介だと先生にお伝えください」  もしも思う所があるならば、向こうから連絡してくるだろう。予約をキャンセルしてきたらますます怪しい。 「かしこまりました。お名前と連絡先をこちらにご記入ください」  面談申し込み用紙に携帯の電話番号を記入する。問題は名前。 (牧師がカウンセリング……)  埼玉県外のクリニックとはいえ、万が一にも教会関係者に知られたら面倒なことになる。  望は少し考えてから「三杉印真抜恵流」と書いた。受付嬢が怪訝な顔をする。 「ミスギと申します。本名ですので、ご心配なく」  どこかの暴走族の背中に書いてありそうな当て字。笑い出しそうになるのをこらえて、望は用紙を受付嬢に手渡した。
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