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『それで、結局どうしたのよ』
素っ気ない態度を取っておきながらも気にはしていたらしい。琴音の方から電話がかかってきた。心配を掛けた手前、涼としても言わないわけにはいかない。五限と六限の間にやらかした失敗は除いて一部始終を報告した。
『心広いわね』
それが琴音の第一声だった。
「心が広い?」
『だって涼ちゃんの駄々にもにっこり笑顔で応じたんでしょ?』
「駄々?」
不適切な単語に自身の頬がひきつるのがわかった。どんな解釈をしたらそうなる。
『危機を救って、無理難題も見事叶えて、それでも待ちます。あなたが私を好きになってくれるまで、でしょ?』
まあ素敵『トゥーランドット』みたい。琴音は完全に小馬鹿にした口調で言ってのけた。あまつさえカラフ王子のアリア『誰も眠ってはならぬ』のサビを熱唱するものだから(しかもやたらと上手かった。プラシド=ドミンゴには遠く及ばないが)涼は受話器を放り投げそうになった。
「からかわないでくれ」
『トゥーランドット姫はおかんむり~』
「琴音っ!」
一喝してもどこ吹く風、琴音は陽気に笑った。
『でも気を付けなさいよ。うっかり絆されてキスとかして気付いたら食われている危険性が無きにしも非ず。あんた、流されやすいから尚更心配だわ』
冗談混じりに琴音は続けた。
『なんか可哀想だからキスしてあげて、なんか哀れだから喰われてやろう、って事にだけはならないようにね。前にも言ったけど「喰われたい」って思ったらオシマイなんだから』
「まさか――」
言いかけて涼は絶句した。公園で人目もはばからず天下を抱きしめた時、彼(の手の甲)にキスした時、自分は一体何を思った。自身はそっちのけで他人を甘やかす天下に、憐憫に似たものを抱いて「仕方なく」我儘を叶えてやったのだ。
『涼?』
琴音の声が遠く聞こえる。涼は受話器を耳にあてたまま茫然とした。
氷の姫トゥーランドット。「わたしは誰のものにもならぬ」と求婚を突っぱね続けた我儘姫。彼女は結局どうなっただろうか。寛大なるカラフ王子に甘やかされて、執拗なる求愛に絆されて――
カラフ王子の名を突き止めたトゥーランドットには王子の求婚を撥ね退けることができた。約束通り、その命を奪うことも。名前さえ言ってしまえば彼と結婚することは回避できた。
しかし、トゥーランドットは彼の名を言わなかったのだ。
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