【番外編】修学旅行

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 涼はだだっ広い部屋の玄関で立ち尽くした。部屋番号を確認。二〇九号室。渡された鍵と同じだ。だからここは、涼と恵理が泊まる部屋のはずである。 「なんで?」  と、ベッドの上でくつろいでいた矢沢遥香が呆然と呟く。 「なんで先生がここにくるんですか?」  同感だ。涼は遥香の隣に腰掛けている佐久間に冷たい一瞥を寄越した。食事中に見かけないと思いきや、性懲りもなく。 「わ、私は、ここに泊まるようにと言われたんですけど」  佐久間はしどろもどろで弁明。スペアキーを証拠として提出してきた。二〇九。逆さまにしても裏返しても二〇九。この部屋で間違いはない。  どういうことだろう。  涼は腕を組んで天井を仰いだ。  何故迷惑カップルが自分の泊まるべき部屋を占拠しているのだろうか。だいたいどうして京都に来てまでこの連中に振り回されなければならんのだ。やっぱり神社かなんかでお祓いでもしてもらおうか。よく考えたらここ本場だしな。 「あの……リョウ先生?」  あーでも、明日は帰るだけだ。お祓いどころか神社仏閣に参拝する時間的余裕さえ、あるかどうか怪しい。 「先生は、どうしてここに?」  困惑を露わにする佐久間。その呑気な面に拳を叩き込んでやりたい衝動を涼は辛うじて押し止めた。何故こんな展開になったのかが判明しただけに苛立ちはひとしおだった。 (……ハメられた)  つまりは、そういうことだった。おそらく教師陣に悪意はない。面白がってはいただろうが、あくまでも善意でやったことなのだろう。職場恋愛にもかかわらず担当する教科が全く違うために普段接点を持たないカップル――誰と誰のことだかはあえて言いたくはなかった。屈辱的にも程がある――に、修学旅行先でのちょっとしたサプライズ。題をつけるならさしずめ「あらびっくり、最終日にらぶらぶ同室大作戦」といったところだろう。 「あの……」  まだ何事かをほざこうとする佐久間の顔面に涼は枕を投げつけた。 「すみませんが、しばらく口を開かないでいただけませんか? 今、あなたの声ほど私を不快にさせるものはないので」 「ちょっと何よ、それ!」 「うるさいやかましいとにかく喋るな」  いきり立った遙香をも黙らせてから涼は部屋を見渡し――ツインのベッドが完全にくっついているのが視界に入るなり、とてつもない脱力感に襲われた。  小さな親切、大きな迷惑。 (最悪だ)  涼は深々と、三日間で一番大きくため息を吐いた。
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