【番外編】修学旅行

5/7
前へ
/217ページ
次へ
 やつあたりだ。涼はもう天下を直視する気概すら持てなくなった。高校生相手にムキになるなんて、佐久間と大して変わらないではないか。  苛立つか、傷つくか、それとも呆れるか。涼の予想を裏切って、天下は冷静に訊いてきた。 「またあいつらがなんかしたのか?」  したとも。修学旅行先で教師と生徒が二人きりで個室で逢引。そのせいで自分はこうしてロビーで今夜の寝る場所の心配をしている。くだらなさ過ぎて笑い出しそうになった。 「あんたさ、」 「君には関係ない。さっさと土産屋でも部屋でも行け」  音楽誌を再び開いて、会話の終了を示す。天下の大きなため息が耳についた。 「………………阿呆か」  捨て台詞を最後に天下は去った。  残された涼は一人になった。先ほどまでと同じように。ただ、苛立ちと虚しさは募るばかりだった。  天下の言う通り、阿呆なのだ。あの馬鹿ップルも、そして自分も。 (くだらない)  いっそ何もかも投げ出して帰ってしまおうか。自暴自棄に陥りながら、かといって実行に移す度量もなく、涼はひたすら音楽誌を読み進めた。  誰かに指摘されるまでもなく、涼自身が一番理解していた。これは、間違いなく現実逃避だった。  一通りの記事を読み終えて企業広告のページの隅まで読み込んでも涼はその場から立ち上がることができなかった。 「先生」  顔を上げなくてもわかる。この声は天下だった。諦めたと思ったらまた性懲りもなく。 「まだここにいたんですか?」  余計なお世話だ。 「土産物屋はどうした」 「もう行ってきました」  天下はスマホを取り出した。結えてある黒い御守りが揺れる。「学業」かと思いきや予想を外れて「芸術才智」の御守り。天下のイメージにそぐわないご利益だった。しかし涼には関係のないことだった。 「じゃあ部屋に戻りなさい」 「その言葉、そっくりそのまま先生にお返しします」  ベッドが二つしかない上に、馬鹿ップル一組が占拠している部屋に帰れとのたまう天下に、涼の怒りの臨界点が超えた。 「だから……っ!」  いきり立つ涼の前に天下は鍵を突きつけた。部屋番号入りの鍵だった。 「な、なんで」 「部屋まで送りますから」  有無を言わせず天下は涼のボストンバッグを掴むと軽々と持ち上げた。すたすたとエレベーターへと向かう。 「ちょっと待て、なんで」  涼は雑誌を閉じて慌てて天下の後を追った。既に天下は二階行きのボタン押していた。 「鬼島」  促すように名を呼べば、剣呑な眼差しを向けられた――違う。天下に刺々しさはなかった。呆れているような、それでいて仕方ないと許しているような目だった。 「何ですか?」 「いや、だからどうして君が部屋の鍵を持っているんだ」 「預かりました」  問い詰める前に二階に到着。天下は涼に先を促し、ボストンバッグを片手に部屋へと足を運んだ。懐かしの二〇九号室。鍵を開けて、中に荷物を運ぶ。部屋を見回しても二人の姿はなかった。佐久間のバッグがベッドの脇に鎮座しているだけ。 「ここで押し倒したら、送り狼になるんですかね?」
/217ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加