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帰りの新幹線は至って平和だった。普通科と音楽科で車輌が明確に分かれているため天下はおろか佐久間と顔を合わせることもなかった。
「私はこれでも反対したんですよ?」
言い訳と共に差し出したのは、旅行定番のお菓子――ポッキーだった。
「佐久間先生は知りませんけど、渡辺先生は真面目な方なのでそういうのは嫌いです、って。でも学年主任が賛成したらどうしようもないじゃないですか」
賛成したのか、学年主任。生徒には節度ある行動を求めておきながら、教師がはっちゃけていては話にならない。涼は日本の未来に絶望した。
「せめて音楽科主任がいらっしゃれば押し切られたりはしなかったでしょうが」
あいにく主任は学校で留守番だ。しかし仮に音楽科主任がいたとしてもあの事態が防げたかどうかはわからない。学年主任の意図を既に涼は察していた。印象付けさせたかったのだろう。佐久間が交際しているのは渡辺だと。身勝手さもここまでくればいっそ清々しい。
「迷惑な話ですよねえ。渡辺先生にしてみれば巻き込まれただけですもの」
まったくだ。どこぞの馬鹿ップルが自重しないせいで――ポッキーをかじり、涼は固まった。
「……え?」
涼は隣に座る同僚の顔を見た。
「どうして」
「そりゃあわかりますよ。佐久間先生が音楽科準備室に来るたびに渡辺先生、すっごく嫌そうな顔してますもの。大方、佐久間先生の都合で仕方なく付き合っているだけなんでしょう?」
大正解。さすがに矢沢遙香のことまでは突き止めていないようだが。
「それに仕事とはいえ、京都まで来てお揃いの御守り一つも買わないなんて」
「怪しいですか」
「怪しさ爆発ですね」
涼は座席シートに身を沈めた。三ヶ月の自分の努力は一体なんだったんだろう。
「難しいですね」
「というより、渡辺先生には向いてませんよ。御守りを買うっていう発想自体なかったでしょう?」
二本目のポッキーをかじった状態で、頷く。神様なんて信じてはいないが、参拝した神社でもひたすらこの縁が切れることだけを祈った。縁結びの御守りなんて考えつくはずもない。
「渡辺先生は『芸術才智』がぴったりです。あんな阿呆な方々に付き合あって『縁結』を付けることなんてありません」
科が違うとはいえ上司と同僚を阿呆呼ばわり。よほど嫌いなのだろう。恵理の笑顔に悪意を見い出してしまった涼は、とりあえずポッキーをかじることに専念した。
「芸術才智?」
「行きには付いてなかっですよね?」
恵理が指差した先は涼の足元にあるボストンバッグ。持ち手部分の金具にそれはぶら下がっていた。
「気づいていなかったんですか?」
ええ、全く。小指サイズの小さな御守りを涼はつまんだ。桜色の生地に金糸で「芸術才智守護」と刺繍が施されていた。模様の白桜といい、明らかに女性向けの御守りだ。
「え……いつの間にかついてたんですか?」
「いや、覚えは、なくも、ない、です」
心当たりは、あった。
同じデザインの色違いを持っていた。部屋に荷物を運んだ時、しばらくしゃがみ込んでいた。その後はやけにあっさりと引き下がったと思いきや、こんなことをしていたのか。
(縁結びじゃないだけマシか)
たぶん天下も涼の性格を見越して『芸術才智守護』を選んだのだろう。
涼は再びシートに背中を預けた。そういえば、まだ礼を言っていない。いつ言おう。新幹線から降りて解散した後か。その際に断りもなく付けられていた御守りの礼も言うべきなのだろうかと疑問が浮かぶ。
幸いなことに帰りの新幹線内もすこぶる快適で、考える時間的余裕はたっぷりとあった。
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