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入学式
三月になると普段以上に天気予報を注視する。雨降って地固まるとか適当に言葉を取り繕ってもやはり、一生に一度の日には晴天であってほしいと願うのが人情というものだ。
せめて桜はもってほしい。散るな雨よ降るな後生ですから。
教職員一同の願いが天に届いたのかどうかはわからないが、今年の入学式は満開の桜の中で執り行われることになった。
目玉である管弦学部の演奏と合唱部による校歌合唱――斉唱でないところが音楽科のプライドと言うべきか。見事な三部合唱を披露して早くも新入生勧誘の一役を担った。
その合唱部の副顧問である渡辺涼はというと、去年と同じく裏方の仕事に専念していた。音楽教師とはいえ、体育館の舞台に上がったことなど数えるほどしかなかった。ましてや、合唱部の指揮など練習代理の時しかやったことがない。
不満に思ったことはない。それが自分の分だと思っている。
「リョウ先生、今後の進行ですが……」
呼び止めてきた同僚の教師と確認。予想の範疇だが、十分ほど遅れが生じている。一年生の教科書は書店に出張販売してもらうことになっている。体操着も上履きも同様だ。他の業者への連絡は密に行う――今後のためにも。
「それと校門付近に新入部員勧誘のために生徒がたむろしてます」
「入学式当日は関係者以外立ち入り禁止のはずでは?」
連絡不足を責めると、教師は決まり悪げに言った。
「それが『体育館の立ち入り禁止』とありますけど、校内とは書いていないもので」
涼は額に手を当てた。誰だ、そんな小賢しい理屈をこねまわしたのは。
「どこの部ですか?」
「柔道部と剣道部、サッカーにバスケ、テニス、陸上、野球、バレー、バドミントン、」
「つまり、運動部全般ですか」
「あ……でも、弓道部はいませんでしたね」
この時点で涼は黒幕に察しがついた。先日「入学式大変でしょうけど頑張ってください」などと言っておきながら白々しい。なんか変だとは思っていたのだ。
「私が行ってきます。遅れが生じた際、各業者への連絡だけはしっかり行ってください。毎年のことですから、向こうも多少遅れることぐらいわかっているはずです」
後を任せると涼は昇降口へ向かった。
もう雨でも何でも降ってしまえ。
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