入学式

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「不公平です」  運動部一同を代表する形で、石川香織は涼と対峙した。女子バスケット部の部長なだけあって引き締まった身体をしている。少し日に焼けた肌も健康的だ。 「合唱部、管弦楽部は入学式参加が許されているのに他の部は出入り禁止なんて横暴です」  後押しするように背後では運動部一同が「おーぼー」だの「音楽科のいんぼー」だの不平不満を大合唱。無論、揃っていない騒音だ。せめて斉唱にしてほしかった。何を言っているのか聞き取れない。 「音楽関係の部を優遇しているわけではありません。現に放送部だって体育館に出入りしてますし式にも参加しています。あくまでも入学式の手伝いのために駆り出されているんです」 「でもまたとない部のアピールの場ですよね。機会は平等に設けられるべきではありませんか? いくらこの学校に音楽科があるとしても、普通科だってあるんです。私たちだって真面目に活動をしています。なのに勧誘さえ満足にさせてもらえないなんて、えこ贔屓だと言われても仕方ないと思います」  四月下旬から勧誘期間があるだろうが。それまで待てよ、と涼は言ってやりたかったが、連中が聞く耳を持つとは思えなかった。  入学式は口実に過ぎないのだ。彼らの不満はもっと根深い。何しろこの学校、他校に比べて、音楽系の部は優遇されている。全ては一学年に四十人しかいない音楽科生徒のためだ。  身も蓋もない言い方をすれば、甲子園地区予選一回戦で敗退するような野球部に金を費やすくらいなら、合唱コンクール全国大会で銀賞を取る合唱部に予算を投じた方が有意義。そういうことだ。炎天下で汗水たらして練習に励んでいる運動部にしてみれば、冷房の利いた音楽室で練習している連中なんぞ苦労知らずのお嬢様にしか映らないのだろう。気持ちはわからなくもない。  しかし、管弦楽部も合唱部も投じた分の成果は果たしている。それもまた事実だった。  運動部の生徒達が訴えていることは的外れと言わざるを得ない。待遇を良くしてほしいのなら、それに見合う成果をまず提示するべきだ。もしくは、もっと運動部を優遇する学校に入ればいい。少なくとも、学校行事の際に騒ぎを起こすよりは現実的な手段だ。 「皆さんがマイクその他音響の準備をしたり、体育館にビニールを敷いたり、五百以上のパイプいすを並べて下さるんですか? 入退場曲を演奏して下さるんですか? 校歌の合唱をしたり、伴奏をして下さるんですか? 合唱部も管弦楽部も放送部も生徒会も本来の活動時間を割いて入学式に協力してくれているんです。入学式終了後も後片付けをやります。他の部が学校のためにボランティアしている間に、あなた達は新入生を自分達の部に勧誘するんですか?」  口々に喚き立てていた連中がぴたりと押し黙る。涼はこれみよがしにため息をついた。 「だとすれば、他の部から非難されても甘んじて受けるしかありませんね。自分達は何一つ協力もせずに、いいとこ取りをするわけですから。運動部なのにスポーツマンシップの欠片もない卑怯者だと言われても仕方ありませんね」  涼は時計を確認した。入学式終了予定時刻は既に過ぎている。今頃、新入生達はそれぞれの教室へ向かって最初のHRを受けているはずだ。 「早ければ三十分後には新入生達がここを通るはずです。それまでにどうするか決めなさい。くれぐれも帰宅の妨害をしないように」  言いたいことだけを言って踵を返す。背後から「何アレ」「ムカつく」「だから音楽科って嫌なんだ」だの文句の言葉はよく聞こえたが「卑怯上等! 新入生を勧誘しようぜ」という威勢のいい発言は一つも出なかった。五分もすれば解散するだろう。  生徒に嫌われようが涼にはどうでもよかった。もともと文化部と運動部は相容れない存在なのだ。
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