入学式

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 職員用玄関で靴を履き替えようとして、涼は顔を上げた。 「関係者以外立ち入り禁止です」 「体育館は、な」  鬼島天下は細かい点を指摘した。 「やはり君か」  去年まで教職員が誰も気づかなかった文章の欠けを突くなど、よほど注意力のある奴しかできない芸当だ。 「人聞きの悪ぃこと言うんじゃねえ。俺はただ『体育館以外なら立ち入ってもいいんじゃねえのか? 入試じゃあるめえし』ってぼやいただけだ。それを運動部の連中が盛り上がりやがって……おかげで練習になりゃしねえよ」  そう吐き捨てる天下は制服姿だった。彼は弓道部副部長だ。せめて自分の部だけは馬鹿騒ぎに参加しないよう戒めたのだろう。その統率力は大したものだが、周囲がこれだけ騒がしくなれば練習どころではなくなる。練習を諦めて解散。制服に着替えた後で様子を見に来た――といったところだろう。 「どうせバレー部とかバスケット部の連中が喚いてんだろ?」  たしかに中心となっているのはその部だった。 「よくわかったな」 「あいつら、体育館分けて練習してるからな。他の運動部だって満足な練習場があるわけじゃねえ。グラウンドだって曜日ごとに使用する部が変わるし、雨降ったらどうしようもねえし。そういう運動部から見たら、文化部は恵まれてんだよ」 「特に、音楽科が?」  天下は小さく頷いた。  音楽科があるだけに音楽設備は半端ではない。必然的に合唱部、管弦楽部は冷暖房完備の部屋で練習。それを不公平と言われてはどうしようもない。しかしあくまでも楽器のためだ。そんなことを言っていたら家庭科部は調理室を占拠して冷蔵庫もガスもオーブンも全て使いたい放題ではないか。 「やっかみだ。あんたが気にすることじゃねえよ」 「そもそも、君が妙な入れ知恵をしなければこんな事にはならなかった」 「『体育館立ち入り禁止』なんて書いた奴が悪い」  天下は悪びれる様子もなかった。三年になろうと、身長ばかりが伸びて中身に変化は見受けられない。涼は自分のよりもやや上に位置する天下の頭を見上げ、ため息をついた。 「言葉尻を捕らえてないで、さっさと帰れ」 「でも俺は」 「関係者以外立ち入り禁止だと何回言わせるつもりだ」 「いや、だから俺も関係者だって」  弓道部に手伝いを頼んだ記憶はない。涼は胡乱な眼差しを送った。 「弟の晴れ姿を一目見ておこうかと思って」  そう言えば、今年の新入生名簿に鬼島統の名があった。
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