一限目

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 涼はため息混じりに訊ねた。 「隣というのは?」 「ああ、それか」  そこでようやく天下は合点のいった顔になる。 「隣に座る奴がうるさいんだってさ。音楽の時もなんか落ち着かなかったらしい」 「図書?」 「委員決めで押し付けられたんだよな?」  統は首肯した。 「じゃあ部活っていうのは――」 「こいつ、弓道に興味があるくせに俺が副部長やってるからって、見学にも行かねえつもりだったんだよ」  あの単語のどこにそこまでの意味が込められる。涼は額に手を当てた。一卵性双生児だってここまで心通わせたりはしない。テレパシーか。  その前に、だ。鬼島統は一体どんな妙技を用いてこの学校に入学したのだろうか。面接は必須だったはず。通訳がいなくては会話一つ成立させられない生徒が、面接試験で饒舌に自己紹介と志望動機を語る姿を思い浮かべようとして――涼は無理だと断じた。想像できない。  涼があれこれ考えている間に、天下は統を教室へ帰していた。先ほどよりも状況が悪化していることに気付いた時は既に遅かった。 「では私はこの辺で」 「逃げんな」  全力で回避したいところだ。しかし相手は聞きわけが悪かった。 「よし、落ち着いて状況を冷静に分析しようじゃないか」  涼は腹を括って、天下に向き直った。 「ここは特別棟だ。鑑賞室前だ。音楽科の陣地だ。普通科の、今は勉学に勤しんでいるはずの生徒である君が何故ここにいる」 「渡り廊下を歩いていたら弟が見えたもので、何か揉めているのかと思いまして」 「それはどうもありがとう。通訳お疲れ様」 「いえいえ」  如才のない受け答え。丁寧な口調も礼儀正しい態度も何もかも、全てがとにかく白々しかった。今度は一体何を企んでいるのかと腹の内を探ってしまう。 「今は用済みだ。教室に帰れ」 「それはないでしょう。助けてもらっておいて」 「助けてくれと頼んだ覚えはない。それしきの度量では先が思いやられるぞ」 「恩知らずなのもどうかと思いますが」  涼は頭一つ分上にある天下の澄まし顔を睨みつけた。 「……何かあったのか」
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