一限目

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 何故そうなる。涼に反論の余地を与える間もなく、天下は言い募った。 「俺がガキで生徒だから相手にしないんだろ? 俺は十八になる。自動車免許だって取れるし、結婚だってできる歳だ」 「相変わらず学生だけどね」 「でもセミ・アダルトではあるわけだ。それなりの対応があるんじゃねえのか?」  転んでもタダでは起きないその精神、尊敬に値する。が、当事者としては迷惑なだけだ。そもそも鬼島家の問題なのに何故自分が改善を求められているのだろうか。 「具体的には?」 「先生の家に行きたい」  論外だ。黙りこくった涼の心情を察したのか、天下は肩を竦めた。 「琴音さんも一緒でいい。俺としては二人っきりで会いたいけど、いきなりそれはマズイだろ。少しずつ手順を踏んでだな。とりあえず最初は控えめにするべきだ」  手順も何もねえよ。生徒と教師で終わりだ。喉まで出かかった言葉を涼は辛うじて飲み込んだ。琴音は天下のことを気に入っているようだし、仮に誰かに見られても「琴音という共通の友人がいる」で言い訳は立つ。  なんか最近危機察知能力が低下しているような気もしなくもないが、問題は見当たらなかった。あくまでも、交換条件ということにしておけばいい。 「まあ、考えておくよ」 「約束だからな」  目を輝かせる天下の顔が直視できなかった。なけなしの良心を痛ませている涼を余所に天下は重い腰を上げた。 「じゃ、行ってくらあ」  立ち上がって何を思ったのか、涼に視線を寄こす。期待に満ちたその眼差しに耐えきれず、涼は「今度は何だ」と訊ねた。 「今日、俺の誕生日なんだけど」 「私からプレゼントなんて期待する方が間違ってる」 「ンなことはわかってる」  それでも天下は涼をじっと見つめている。涼は最大限の譲歩をした。厄日か今日は。 「……お誕生日おめでとう」  おざなりな、社交辞令にもなりえない言葉にしかし、天下は頬を緩ませた。涼の思惑通りに動いている事を知りながら、部屋を出ていく足取りも軽かった。  逆に、一人準備室に取り残された涼の胸は重かった。誕生日すなわち喜ぶべきものと信じて疑わない呑気さが少し、腹立たしい。  ほれみろ。涼は優越感とも劣等感ともどちらともとれない感情を抱いた。全国模試三十四位でさえ知らないことだってあるのだ。思い至らないのだろう。天下にとって十八歳になるということは新しい世界が広がることなのだ。しかし涼は違った。  涼にとっての十八は、児童養護施設を出ていく歳だ。たった一人で社会に放り出される歳だった。
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