二限目

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「お久しぶりです、先生」  鬼島天下は優等生スマイルを炸裂させて挨拶した。いや、昨日会ったばっかりだし、ここは学校じゃないし私の家だし、その前に実家はどうした君は昨日強制的に里帰りさせたはずだろ弟はどこいった。指摘すべき点が頭の中を右から左へとよぎった。 「まあまあ積もる話は中でね」  硬直していた涼の脇を至極自然な動作で琴音が横切る。 「狭くてピアノ一つない部屋だけど、くつろいでちょうだい。来客もないからスリッパもないのよ。ごめんなさいね。友達少ないから」  勝手知ったる我が家のごとく琴音は中へ踏み込み、天下に勧めた。天下も天下で「あ、お邪魔します」とか行儀良く言いながらも上がり込む。 「先生、扉閉めますよ」  涼は腕を引かれるまま自宅へ戻った。パタンと扉が閉まり、靴を脱いだ天下がリビングまでずかずかと進み、ちゃぶ台の前に座る。 「ほら涼も突っ立ってないで座って座って」  いつの間にか台所で茶を淹れた琴音が、三人分の湯呑みをちゃぶ台に置いた。涼は促されるまま天下の隣に腰を下ろし、茶を一すすり。 「ちょっと待て」  涼は湯呑みを置いた。 「なんで休日に二人揃って我が家に押し掛けてくるんだ」 「暇だから」 「約束しましたから」  すかさず琴音と天下が返答。二人揃って茶をすすり、まったりとくつろいだ。平穏な空気がこちらにまで漂ってきて流される。ともすれば、お茶請けのせんべいをかじりそうになって、涼は我に返った。 「だからって昨日の今日で来るか普通? 相手の都合ってものを考えろ」 「先生の都合に付き合ってたら百年経っても家には行けません」  天下は見透かしたように目を眇めた。 「どうせ教師としての立場だの体面だの、いろいろ理屈こねあわせて断るに決まってますから」  傍らの琴音がしきりに頷く。 「涼ちゃん、生徒との約束は守らなきゃ駄目よ」 「誰も守らないとは言ってない。私は『考える』と言ったんだ」 「やっぱりそうじゃねーか。どうせ明日俺が話を切り出したら『考えた結果やっぱ無理』とか言って断んだろ。見え見えなんだよ」  早々に優等生口調をかなぐり捨てて天下は悪態をついた。 「ほら見なさい。涼ちゃんのせいで、生徒が人間不信に陥った」 「なんで最終的に私が悪いことになるんだ」  涼は呟き、不意に手元の湯呑みを覗き込んだ。薄緑の鮮やかな色合い、豊潤な薫り。間違いない。戸棚の奥にしまっておいた銘茶だ。修学旅行の際に奮発して買った、百グラム千円の。 「へえ、涼にしてはまあまあ良いお茶持ってるじゃない」  勝手に淹れた上、神経を逆撫でする発言をかました張本人に、涼はとりあえず拳骨を一発喰らわせた。 「あんたらは一体何しに来たんだっ!?」
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