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校長室から出るなり、佐久間は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとうございます。リョウせ……いっ!」
皆までは言わせなかった。足の甲を思いっきり踏みつける。悲鳴こそ上げなかったものの佐久間の顔は盛大にひきつった。
感謝する前に詫びるべきだ。名誉毀損で訴えてやろうか。
声もなく痛みをこらえる佐久間を置いて職員室へ。既に教師達は校長から説明されていた。
すなわち、例の怪聞はデマである。何故ならば佐久間秀夫先生は渡辺涼先生と交際しているからだ。
「そうだったんですか? 知りませんでした」
「意外ですね」
「まあ、歳近いですから」
「でも驚いたなあ」
(私もビックリだよ)
涼は曖昧な笑みで野次馬教師達に応対する他なかった。職場に夢なんぞ抱いちゃいないが、さすがにこれはない。ありえなさ過ぎる。
「リョウ先生」
不意に肩を叩かれた。民子だ。
「本当なんですか?」
冗談です、と言えたらどんなにいいだろう。涼は力無く頷いた。
「ええ、まあ……」
それでも授業はしっかりこなさなければならない。今となれば、佐久間と担当科目が違うのが幸いした。顔を見ようものならはっ倒したくなる。
あまりにも涼を馬鹿にした策だ。もし自分に彼氏がいたらどうしてくれるんだ。
(……いなくてよかった)
これから出来る可能性もゼロに等しくなったわけだが。あ、もともとないようなものか。考えてて虚しくなったので、涼は思考を停止した。
「せんせーい」
珍しく生徒が質問してきたのは二限目の時だった。授業中の質問は珍しい。涼は鍵盤に置いた手を離した。
「何ですか?」
「佐久間先生と付き合っているってマジですか?」
学校って、噂広がるの早いのね。
軽い鈍痛を頭に覚えつつも涼は答えた。
「ノーコメントです」
不満げな生徒の声。面白がっているのは明白だ。質問ラッシュに突入。
「どっちが告ったんですか?」
佐久間秀夫です。校長づてに聞きました。
「ぶっちゃけどこが好きなんですか?」
矢沢遙香に訊け。私もわからん。
言いたいのをこらえて涼はピアノを弾き始めた。
「じゃあ、ソプラノから」
演奏に入れば無駄口を叩く暇はない。渋々歌い出した女子生徒達に、涼は安堵した。が、それは甘かった。
涼の背筋に悪寒がはしった。恐る恐る不穏な視線を辿り、危うく伴奏を止めてしまいそうになった。
殺気に近い眼差しを注いでいたのは、矢沢遙香だった。よくよく考えてみれば、選択科目である音楽は三クラス合同だった。それはともかく理不尽過ぎる。誰のせいでこんな目に逢っていると思っているんだ。
(私は被害者だぁああっ!)
むしろ加害者は奴らだ。しかし訴えようにも、何もかもが遅かった。
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