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ガキめ。調子付きおって。涼は早くも己の軽率な行動を後悔した。天下の譲歩ぶりに呆れを通り越して憐れみを抱いたのがそもそもの間違いだったのだ。
数分も経たないうちにノック音。扉ではなく、窓の方だ。この時点で犯人は誰だか予想はついたが、涼は仕方なく応じてやることにした。早々に追っ払わねば。
勢いよくカーテンを開く。
窓の向こうには仏頂面をした天下がいた。中庭まで回り込んできたようだ。上履きのままで外に出たことはこの際指摘しないでおこう。
とりあえず、涼は手で追い払う仕草をした。
ますます天下の眉間の皺が深くなる。睨んでいるようにも見えなくもない。が、その目元が急に緩んだ。口端をつり上げ、目を輝かせる。悪戯を思いついた子供のような仕草に、涼が小首を傾げたその時だった。
天下は右手の甲に口付けた。
緩慢な動作にしかし、涼は成すすべもなく立ち竦んだ。挑発的な笑みを残して天下は身を翻した。渡り廊下に上がり、そのまま教室棟へ。その間も涼は微動だにできなかった。
天下の背が見えなくなってようやく息を吐く。息が止まっていたことにすら気付かなかったのだ。
「……なんてベタな」
口元を抑えて呟く。触れた顔は熱かった。
鑑賞室から初めて見る学校は、平穏そのものだった。二階の廊下を足早で歩く教師や生徒。廊下の窓際にもたれかかって談笑するカップルと思しき姿も見えた。遠目に見えるグラウンドではサッカーの試合が行われていた。
中にいては気付かなかったであろう眩しい光景がそこに広がっていた。二年近くいるのに、一度もカーテンを開けなかったことを涼は今更ながら悔やんだ。馬鹿げていて、平凡で、単調で、でも悪くないじゃないか。
涼の上で六限の始まりを告げるチャイムが鳴った。
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