1 正体不明の動悸

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1 正体不明の動悸

 ​────恋愛なんてさ。    だいたい好みのタイプなら付き合ってみて、フィーリングが合えばそれでいいんじゃないの?  合わなかったら「はい次」  そうじゃないと本当に好きになれる相手なんて見つかんなくない?         『バシッ!』  昼休み終了まであと十分と少し。生徒もまばらになってきた学生食堂で、そこに残っている全員が「あれは痛いな」と顔をしかめるほどの鈍く響く音で俺の頬が鳴った。 「今度こそ本気になれるかもって言ったくせに!」  さっきまで彼女だったその子は顔をグシャグシャにして、絞り出した言葉を投げ捨てて食堂から出て行く。 「しょうがないじゃん、そうならなかったんだから」  小さな声でつぶやいた。 「すぐに大台に乗りそうだな。高校生活五人目……六人目だっけ? お別れおめでとう!」  ため息をつくと同時に、いつもつるんでる同級生達が寄ってくる。 「今回のお別れは強烈だったな。平手打ちかよ。皓斗(ひろと)の遍歴なんか、わかってただろうに」  ……言い方! 「遍歴って言うな」  野次馬顔をしっしっ、と払った。 「望月(もちづき)~チートだからって上手くやんねーといつか刺されるぞ」 「あたしならそんなことしませんよ! かっこいい望月先輩のこと、大事にする! ね、ね、次はあたしとどうですか」  気づけば顔見知りの三年生(せんぱい)一年生(こうはい)なんかも近くにいて、皆で俺を囲んで盛り上がっている。  そうなんだ。  俺の周りにはいつもこうして人がいる。小さい頃から老若男女問わずに可愛がられ、果ては犬猫にまで懐かれやすかった。    高二になった今でも先生受けはいいし、ツルむ友達もたくさんいる。意図せず彼女の切れ間も無い。  だからと言うわけじゃないけれど、人に対する執着は薄いかも。いつも誰かが俺を囲んでくれるから、来る者拒まず去る者追わずなところがある。    でもいつかはさ、出会ってみたいよ。本気で思える相手に───そう思って広く付き合ってみるけど、なかなか見つからないみたいだ。   「ほっぺた痛って。保健室で保冷剤もらってくるわ」 「了解。先、教室帰ってんな。授業に遅れるなよ」  隣の椅子に座っていた級長に言われて、振り返らずに「おー」と返事をして食堂を出た。  《職員室にいます。戻りは十三時三十分以降》  保健室のドアに掛けられた伝言ボードをちょん、とつついて中に入る。保健医の先生とも仲良しだ。不在の時に入っていても注意されたことはない。 「失礼しまーす。借りまーす」  冷凍庫から保冷剤を拝借して、とりあえず椅子に座った。回転椅子をクルクル回す。   ……きもちい……あー、なんか教室に戻るの、ダルくなるな……このまま奥の特等席ベッドで寝ちゃおっかな。  いや、駄目か。クラスメート(あいつ)ら、絶対サボりだ! とか騒ぎそう。  予想されうる事態に観念し、保冷剤を頬に当てたまま保健室のドアに手をかけた。 「お……っと」  同時に廊下側からドアが開いて、入って来ようとした生徒と至近距離で向かい合う。  ──わ。キレーな子……。  薄い色のさらさらマッシュヘアに、長いまつ毛がびっしり生え揃った大きな目。透き通るような白い肌。  いや……これは白を通り越して青いのでは。  思わず見つめていると、その子はあからさまに眉をひそめて目をそらし、身体もずらして俺と距離を取った。  いや、まあ、当然なんだけど、でも。    「君、めちゃくちゃ顔色悪いじゃん。おせっかいかもだけど、今先生いないから、俺で良かったらなにか手伝おうか」  この子のネクタイの色は青。一年生だ。  見ず知らずの二年の()に警戒心を抱くのはわかるけど、具合が悪そうな様子を見て放っておくなんてできなくて、十センチほどの身長差の分、腰をかがめて視線を合わせ直した。    でも、その子は険しい顔をして、凄く嫌そうな声で言った。 「……放っといて下さい。大丈夫ですから」  あれ? 声が男……最近はジェンダーレス化の流れでネクタイにスラックス姿の女子が増えたから、この子も女子だと思ってた。  て言うか、感じ悪ー。  おせっかいだって自覚していても、逆に男同士でこんなに邪険にされたらテンションが下がる。 「あ、そ。じゃあごゆっく……」  お望み通り放置してやろうと保健室を出ようとした時、床にうずくまる華奢な身体が目の端に映った。 「……おい、大丈夫か!?」  考えるより先に腕が伸び、その子の腕を掴む。途端に、その子の身体がビクッと揺れて、手を払いのけられた。
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