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2 気になる理由
その日の夜は上手く眠れなかった。
目を閉じれば細い首や赤い唇が俺の瞼を占領する。
抱えた時の体の熱さも触れた頬の滑らかさもなにもかも、あの子の感触がまだこの手に残っているようだった。
あの子「遠野」って先生が呼んでた。遠野、遠野……下の名前はなんて言うんだろう……。
「!」
ハッとして口元に手が伸びた。
気づくとすぐ、遠野のことを考えている。
どうした、俺。昨日からずっと、遠野のことが頭から離れないなんて。おかしいだろ、こんなの……いや、病人に関わってしまったんだ。気になるのは当たり前だ。
そうだ、道端で倒れた人がいたら駆け寄って救急車を呼ぶし、大丈夫だっただろうかと心配をする。それと同じだ。まったくもって俺はおかしくなんかない!
「皓斗……顔がおかしいぞ」
「んあ? な、なんだよ」
登校してきた級長の野田に声をかけられる。来るなり容赦ない一言だ。
「おはよ。だってさ、さっきから百面相じゃん。なに? 昨日のことでショックでも受けてるわけ?」
学年一位の秀才である野田の、トレードマークの黒縁眼鏡の奥の目が、珍しいこともあるもんだと笑っている。
「別にそんなんじゃねーよ、病人を気にするのは当たり前じゃん」
「は? 病人? なんの話? ほっぺたをやられた話をしてるんだが」
「あ……」
一瞬、頭が真っ白になる。
そうだよ、保健室でのことなんて、誰も知るわけがないのに。
「いや、そっちは忘れてたわ……」
「ははっ。酷い言い草だな。元カノ、お気の毒……って、皓斗にとったらその程度のもんか。で? 病人てなんの話だ?」
野田は俺の隣の椅子に腰掛け、さして興味もなさそうに、でも一応聞いてくる。
興味のないことでも相手に合わせるのが俺達なりのコミュニケーションみたいなもので、学校と言う社会で上手くやるにはそれなりの空気読みが必要なんだ。
でも、これに関しては流して欲しかったかもしれない。自分でさえ、この落ち着かない気持ちの理由がわからないんだから。
「や、まあ別に」
「なんだよ、皓斗が濁すなんて、そうそうないよな。保健室でなんかあった? 新しい女のコとの出会い?」
このまま話を終わろうと思ったのに、後ろから声がして両肩を掴まれた。
「いつから聞いてんだよ、涼介……」
涼介も野田も一年から同じクラスで、つるんでいる奴等の中でも一緒にいることが多い友人だ。
俺より頭ひとつ分背が高く、筋骨のバランスもいい涼介のがっしりとした腕を掴んで、肩から落としつつ続ける。
「人聞き悪いな。なんで保健室で女子と出会いがあるんだよ。昨日保健室で、具合が悪くて倒れた一年を見たから大丈夫だったのかなって思ってるだけだよ」
「怪しいな。百面相をするくらい気にするなんて、やっぱ女子じゃないのか?」
野田が片側の口角を上げる。
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