夏の夜。

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「あら、そろそろ私も持ち場へ戻りませぬと……」  気が付いた様に、其の場より立ち上がった祭へ続き、錦も立ち上がる。 「申し訳無い、つい話し込んでしまいお邪魔を……」  祭は職務中であったのだ、後宮を任される己が其の邪魔をする等と。祭の親しみやすさに甘えてしまったのだろう。 「飛んでもありませぬ。明日、又此の時分にお越し下されば帝のお話をお聞かせ出来ますわ」  屈託無い笑顔で提案してくれた祭へ、錦が期待の眼差しを見せた。 「ほ、本当ですか?」 「はい。けれど、一つお願いが……私とお会いした事、薊殿や、帝へは暫く内密にして頂けますか」 「暫く内密、ですか……?」  首を傾げる錦へ、祭は。 「ええ。火の番をさぼって、后妃様とお喋りは……薊殿にばれると怖いので。帝への心象も、我等の様な下の者には御勤めに響きます故……でも、明日迄で構いません。火の番は、明日迄で仕舞いですから」 「成る程、承知致した。何より此の件は、私も共犯ですので」  錦がそう言って頷くのを確認し、祭は又笑顔を見せた。 「流石后妃様、お話が早い」  何と心地好い笑顔を見せてくれるのだろう、此の人はと錦は思う。 「では、今宵は此れにて、申し訳御座いません」  頭を深く下げた祭は、再び火の番へと向かった。後ろ姿を見送り、錦も寝室へと戻る。先程迄、此の暗い廊下と、庭が怖かったが何故か気にならなくなっていた。其の女官は、誰も恨んでいない。そう教えてくれた祭の言葉を思い出す。今一度庭を見詰め、錦は寝室へ戻ったのだった。
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