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厠での用を済ませ、次は祭の付き合いだ。共に、後宮を灯す火を確認し、異常無しと判断出来た処で、寝静まった皆を起こさぬ様に、空いている部屋の前に腰を下ろした二人。共に眺める夏の夜の庭。暫く話したのは、一刀と錦の馴れ初めについて。祭が切り出してきたのだ。政略結婚は勿論知っているが、あの一刀を彼処迄惚れさせる等凄い事だと、是非お聞かせ願いたい等とせがまれた。恥じらいながらも、色々あったことを祭へ話した錦であったが、此処で錦は、例の怪談への恐怖が薄れている事に気が付いた。そんな余裕からだろうか、錦は話が途切れた処でふと口を開いた。
「あの……祭殿は、此の後宮で起こった事件を御存知ですか?」
一瞬、表情を強張らせた祭だが、直ぐに苦笑いを浮かべる。
「事件とは、どの様なものでしょうか?」
「女官の方同士の、悲しい恋に纏わるものです……一方が、心変わりをなさって……」
錦は少し落ち着き無く、庭へ時折視線を向けた。しかし、こんな話をしながらも何故か恐怖が薄い。彼女の親しみやすさだろうか、祭の側にいると、何故か母といる様な安心感があると。だが、祭は若く無礼にも成りうるので、勿論こんな事は言えない。
「お池に、って噂ですね」
微笑む祭へ、頷いた錦。
「はい……」
「大丈夫ですよ」
そんな言葉が、確りと、優しく聞こえた。錦は庭を眺める祭を見る。
「其の御方は、ちゃんと分かっておりますよ。己の不実、御相手を深く悲しませた事……だから、誰も恨んではおりませぬ」
そんな風に説かれ、錦は何故か納得出来た。
「そ、そうか……」
呟く錦。其の表情が、些か明るくなる。
「はい。ですから、幽鬼等には成りませぬ……怖がらなくても大丈夫です」
等と付け足され、顔中を真っ赤に染めた錦が俯いた。面目無い、と。
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