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「そ、其れが、理想の御方、ですか……」
錦は、重い空気を背負い俯いた。そんな御方が理想だなんて、益々分からない。根っからの引きこもりで、陰気な己の何を気に入ってと。落ち込み、涙を滲ませている錦へ祭が堪えるように笑っている。
「ええ。后妃様そのものでしょう?」
祭がそう言って、錦へ顔を向け屈託無く笑う。
「え……?」
何を言われたのか、錦は頭が回らず言葉が出ない。祭は、笑顔で夏の夜空を見上げる。
「私、本当に驚きましたの。そんな御方は、男女共に存在しないと思うておりましたもので……后妃様を見ていて、まさかそんなと」
衣の袖で、口元を覆い笑う祭。錦が、此処で漸く声を出せた。
「ち、違いまする、私はそんな大それた者では……!」
錦の言葉を否定し、遮る様に祭は首を横へ振った。そして、錦の手を丁寧に両手で取り、包む様に強く握って。錦の瞳を、真っ直ぐ見詰める瞳。
「后妃様、御願い申し上げます。此れからも、帝を支えてあげて下さいませ……貴方がいればきっと、ずっと、あの子は大丈夫……有難う御座います」
祭の言葉にあった、不思議な一言に首を傾げた錦。けれど、其の違和感よりも祭の瞳が、あまりにも優しくて、美しくて。祭は、徐に錦の手を離すと其の場より立ち上がった。
「さて、私もお仕事に戻らねば……后妃様、良い時を有難う御座いまする」
笑顔で頭を下げた祭へ、錦も我に返り、頭を下げる。
「あ、飛んでも無い。此方こそ……又、是非お会いしたく思います」
錦の言葉に、祭は又屈託無い笑顔を見せてくれた。
「ええ。何時か、又」
言葉の後、祭は背を向け火の番へと戻って行った。錦も、祭へつられた笑顔のままに今一度、夏の夜空を見上げたのだった。
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