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次の日の朝。又夜更かしの為に目覚めが遅くなった錦は、一刀に起こされた。寝惚け眼を擦りつつ、何時もの朝の支度を済ませ、膳を頂く。何時も通りの朝。だが、本日錦は薊、小夜も共に、一刀より後宮の空いている部屋のひとつに連れて来られた。見覚えある景観に、昨夜其の部屋の前にて祭と語り明かしたと思い起こす錦。中へ入ると、殺風景な広い部屋の奥には箪笥が一つと、其の上に少し大きな、黒く光沢ある平たい箱がひとつ、側には美しい花が活けられていた。そして、夏の先祖礼拝の儀に使う飾りも。其の前へ腰を下ろした一刀。続き、錦、薊と小夜も静かに座する。
「此方は、母が宛がわれていた部屋だ。位牌等此処へは何一つ置けなかったが……其れでも父上は、母上の思い出を少しでも残したいと此の部屋にな。此の中には、父上が母上へ贈ったものがある」
目の前にある小さな箪笥を見詰め、淡々と話す一刀。そう言えば、雛芥子の墓も皇家のものとは別に建てられていた事を思い出す。寂しさに、目を伏せる錦。
「そう、か……」
溜め息を吐く一刀。
「祭壇でも無いのだが、薊と小夜が花を活けてくれる……他への示し故、俺が覗くのは夏の此の時期と命日位だ……父上も天へ還られた。何れ此処も全てを無くし、只の部屋にせねばなるまいが、一応お前に話しておこうとな」
幼い一刀は、堅苦しい慣例に縛られ、早くに逝った母の位牌すら手元に置いて貰えなかったのだと、涙が滲む錦。其の夏や、命日をどんな思いで過ごしたのか。錦には、ひとりぼっちで此の箪笥を眺める小さな一刀の背中が見えた気がした。錦は、顔を上げる。そして。
「じゃあ其の日迄、此れからは私も花を活けるよ。忙しい一刀の変わりに、私が沢山御母上へ会いに来る!」
笑顔でそんな事を言う錦へ、薊も小夜も瞳を潤ませている。一刀は驚き、一瞬声が出なかったが、錦へ微笑んだ。
「頼む」
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