夏の夜。

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「ええと……そんな話を、少し耳にした事が……」  歯切れ悪い小夜の声が返ってきた。錦の瞳が更に大きく見開く。 「どんな?教えて欲しいな」  思わず、更に前のめりになってしまった錦。此処で、薊が少し眉を寄せる。 「ですが、后妃様……怪談等をお聞かせして、問題は御座いませぬか?」 「そんな書も結構好きだったよ。お願いだ、気になるから教えて貰えないかな」  確かに、錦はあやかしの類いを題材にした書も幾つか読んでいて、興味が無いわけでは無い。しかし、錦が読むものは現実離れをした、幻想的な雰囲気の濃い作り話だ。時雨には、全く恐怖感が無い等と鼻で笑われた事も。そんな事は知らぬ薊と小夜は、意外だと思いつつも取り敢えず納得した。小夜が、躊躇いつつも口を開く。 「そうですか……では。実は過去、此方の御所で殺人事件が御座いまして……」 「えっ……?!」  驚いた錦。此の御所にあった事件が元なのかと。己の予想とは違った。更に続く小夜の言葉。 「此の後宮にて巡り合ったある女官同士が、結ばれて想い合っておられたのですが……時の流れに、片方が心変わりを起こしたのです」  静かに語られたのは、胸を傷める悲しい恋の末路。錦は、哀しげに表情を歪める。 「酷いよ、そんなの……」 「ですが、離れた心は何を省みる事も無く、新たな恋の炎ばかりが燃え上がり……遂に、もう片方の知れる処とあいなりました」  語られた展開に、錦は息を飲んだ。其れを知った其の女官は、一体どんな思いをと。続ける小夜。 「深い哀しみと共に湧く、抑えきれぬ怒りに支配された女官は、想い人を身も凍る冬の池へ突き飛ばしました」 「ええっ……!」  青褪める錦。冬の池にとは、そんな事をしてしまったら大変では無いか。そんな錦の表情を前に、小夜も語る声に思いが入り込む。表情も神妙に。 「当然、其の身は耐えきれず、突き飛ばされた女官は其の後命を落としました……其れからです。後宮の池へ全身を濡らした女官の姿を見たと目撃談が次々と……御覧下さい、彼方のお池に御座います」
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