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神妙な、暗い表情で小夜が後宮の庭に在る池を指差した。其の迫力、雰囲気に錦はすっかり青褪め、表情はひきつったままに、指差された池へ目を向けてしまった。
「へ、へぇ……」
錦が呟き、喉を鳴らす。此処で、我に返った小夜。少々気合いが入りすぎたと錦の顔を心配そうに除き込んだ。
「后妃様、怖かったですか……?」
そんな小夜へ、錦はひきつった表情ながらも笑って見せる。
「そ、そんな事無いさ!ありがちだなってね!」
錦のそんな様子に、薊も笑う。
「確かに、ありがちですね……后妃様は、やはり男子。少々刺激が足らなかったかも知れませぬ」
そうだとも。男子が此の様な怪談でと錦は笑顔を崩さない。因みに、彼の動機は今、かなり激しいが。
「あっ、そろそろやつ時だね。今日は何だろうなぁ」
そんな余裕を見せつつ強がった錦であったのだが。
其の宵の事。
「――錦、庭にでも出るか?」
盆を迎え、公務も本日は早めに切り上げてくれた一刀に上機嫌であった錦だったが、此の誘いに表情をひきつらせた。
「え、でも……く、暗いしさ……」
心成しか、声も妙に高く出た。そして此の返答だ。此れに一刀は首を傾げた。昼間は庭へ出たいとぼやいていたと、薊より伝え聞いたものだから。
「夏の庭は、夜が良いではないか。昼間は暑いだろう……お前の美しい肌が、火傷をしてしまう」
と、何時もの如く美麗な微笑みで宣ういとおしい人。そんな一刀の誘いだが、今宵だけは此の庭へ出るのは気が進まない。
「いや、でも……は、花もよく見えないし……」
そう言ってみると。
「ああ、そうか。お前は草花を好むからな……」
一刀が少々寂しげな表情で微笑み、そんな事を。錦は此れに心が傷んでしまった。
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