夏の夜。

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 背後より聞こえた其の声は、錦へ目眩を起こさせそうな程に動揺させた。僅かな精神力で、両手を口へあて大声だけは抑えたが。酸欠になりそうな程、強く抑えた手其のまま、ゆっくり後ろを振り返った。其処に佇んでいたのは、若い女官。錦が見知らぬ顔であった。無意識に、其の女官の体が濡れていない事を確認した程。幾分か安堵し、心強くも思えたもので、口元の手を離しながら一息付いた。  そんな錦の様子に、微笑む女官。 「驚かせてしまい、大変失礼致しました。どうされました?こんな時分に……」  錦より年上には違い無いが、まだ若く朗らかな其の雰囲気は、妙な親しみ易さがあった。錦はすっかり安心した。 「あ、其の……厠へ……」  と、照れつつも素直に口にしてしまった程。先程からの錦の様子に、本の少し笑みを溢しつつも察した女官。 「私で宜しければ、お供致しましょうか。火の番をしておりましたので」  此の申し出に、錦が願っても無いと表情を和らげた。しかし、流石に女性を厠へ付き合わせる等、此れはと。男としての自尊心と、藁にもすがりたい心情の狭間に立ちつつ。 「いや、其のっ、貴女もこんな夜にお一人で火の番とは……目がさえたので、私も暫しお付き合いさせて頂きたい。厠は、其のついでに……」
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