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私は先輩が好きで好きで嫌いだ。同じ女子バレー部の先輩。部長でも副部長でもないけど、周りに好かれて、レギュラー選手としての素質もある。
私は全くその逆で、いつも端っこだ。練習ではどうにか自分の役割を果たしているけど、ただそれだけ。最初よりは足を引っ張らなくなったけど、チームに入れたいと言われるようなことはない。
部活に入ったのは、気持ち的な部分で強くなりたいからだったけど、さっぱり駄目だ。
先輩に嫉妬している。
これは多分、先輩自身が嫌いなわけじゃなくて、少しも近付けない自分が嫌なんだろう。
その「嫌い」から一歩でも離れたいなら、先輩に直接声をかけたら良い。
単純に考えればそうなるけど、それが難しい。
周りには必ずレギュラーの子たちがいて、不用意に近付けば叩かれる。そこまでいかなくても追い返される。
部活が終わって解散した後なら何とか隙は見つけられるけど、私自身に勇気がない。
誰かが見ていて、後で何か言われるかもしれない。声をかけて支離滅裂なことを言ってしまうかもしれない。
後ろ向きな考え。だから前に進めないのだろう。そこまでは分かっている。
劣等感。
きょうもそれを抱えての帰宅。部活を終えた他の部員が数人で固まって歩いている中、私は一人で歩いている。
その横を先輩が一人で通り過ぎた。
珍しい。急いでいるのか足早だった。追いかけたい。迷った結果、私も急いでいるふうを装って少し足を速めた。
信号待ちで追いついた。挨拶をしなければ逆におかしい状況。そういうことにして、先輩に横から声をかけた。
「里見先輩、お疲れさまです」
見上げる形。私が平均より背が低くて先輩が高いから自然とそうなる。身長。バレー部の中で里見先輩が一番高くて、私が一番低い。
そういう自分ではどうにも出来ない差も嫉妬の対象。自分から声をかけたのに、嫌な気分になってきた。
それに気付いていない先輩は「お疲れさま」と笑顔で言った。信号が青になってすぐに歩き出す。
私はそれを止まったまま見ていた。急いでいても堂々としている。
そんな後ろ姿を羨ましく思っていると、後ろから声をかけられた。
「何ぼんやりしてんの?」
怜奈だった。同じ学年で同じ部活。とにかく明るくて、誰が相手でも態度を変えない。分かりやすいからか、嫌う子はほぼいない。
してないよ、と返すと、してる、と返してきた。
「里見先輩、見てたんでしょう。格好良いって思ってたんじゃない?」
「……そうなるかな」
少し考えてそう返した。
「意外。先輩のこと避けてるみたいだったから」
「避けてるというか近付けないよ。周りに他の子がいるから」私は答えた後、改めて隣を見上げた。「劣等感あるしね」
それを聞いた怜奈は困ったような、呆れたような顔をした。
「何でそう卑屈になるかな。サトは努力家だよ。最初の最初とは全然違う」
「そう?」
「そうだよ。もうちょっと……」
言いかけてやめた。道の向こうの二人組に向けて手を振る。
「もうちょっと、何?」
横から訊くと、怜奈は手を振るのをやめて視線を戻した。
「背筋を伸ばしたら良いよ。コートにいるときは出来てんだから」
言った後、じゃあね、と残して先に歩き出した。待っている二人の元へ向かう。
その間に信号が点滅し始めた。怜奈は急いで渡って、私はまたその場に残った。
周囲にいた人も全員渡るか通り過ぎたから、一人立ち尽くすような形になった。怜奈に言われた通り、背を伸ばした。
気持ちを切り替えるつもりで深呼吸をする。
繰り返しになるけど、嫌いなのは先輩ではなくて情けない自分だ。
その「嫌い」を少しでも消して行きたい。だから、と考える。
先輩はもちろん怜奈も見倣う。そう大雑把に答えを出して、信号の赤を見た。
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