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行こうと思った。
ブラウニーと名乗るバイトが仕事を終えて帰ったあとに。少しだけ店内商品を見て、家全体を見て回ったあとで行こうとした。
「智晶ちゃん、交通手段がない!」
バスで行くことはできる。
しかしバスで帰ってこられない。
「あー、だね。車持ってないと、夜間外出は難しいかも」
「そんなに田舎だと思ってなかった」
「実際に住んでみないとわからないことは多いもんよ」
今まで祖母宅には親と来た。
父親の運転する車で来て、帰った。
いとこたちと春休み夏休みに短期でここで泊まったことはあるが、それはあくまでもお客様待遇だった。
それは「暮らした」とは言えない。
「病院、午前中に来ても大丈夫だよ」
うっぷ。
智晶ちゃんが吐き気を堪えている。
「点滴打って寝ているだけだから」
声がよたっている。
そんな状態の智晶ちゃんに会いに行っていいものか。わたしの戸惑いを感じたように、言葉を続けた。
「じつは持ってきて欲しいものがあるの。たぶん、今日届いた大きな箱に入っていると思う」
バイトの人がマタニティーウェアの取り扱いを強く勧めた。
そのときは妊娠が判明する前で、勧められること自体が嫌味に感じられた。
マタニティーウェアの会社と仕入れ値が折り合い、納入日を決めてサイトへの紹介文を考えていたとき。
妊娠がわかった。
わたしにも幸運が訪れてきた!
智晶ちゃんは狂喜乱舞した。
けれど。
まさかのよもやの出来事の連続で。
店を始めたばかりで、こんな事態になるとは予想もできなかった。
即戦力があっさり見つかることも。
「ねえ。キャットブラウニーは本当に、幸せをもたらしてくれる、ラッキーアイテムが寄ってくる店かもね」
利用客から『キャットブラウニー』のレンタル服はラッキーアイテム、幸せをもたらすパワーを持っているのではないか、と訊かれることがある。
そんなことはない。
ごく普通のどこにでも売っている服と、服を飾る造花系のコサージュを扱っているだけだと返していた。
始めたばかりのレンタルサービス業。変な過大評価は抑えておかないと、あとで炎上騒ぎを起こしかねない。
だよね。
言い合って、明日の病院訪問を約束した。
ってか。
「智晶ちゃんも、なにげに自分の店のものをラッキーアイテムと思ってんじゃない」
電話のあとで、思わずぼやいてしまった。
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