一話 蠢動

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 子供の頃、私は自宅の蔵で(オニ)を視た。  その容姿は(ススキ)穂のような薄い金色の髪に異国風の面立ち、そして清んだ南海を思わせる青い瞳をもつ、華奢な少年だった。  しかし、少年の額には大きく立派な1本角が生えていた。  それは、彼がこの世の者ならぬ、人ならざる存在という確たる証拠だった。  まさか目が合うとは思わなかったのだろう。  私も不思議な少年も互いにその時はただただ驚いていたが、やがて彼は敏捷に蔵の暗がりへ潜むと青い目でやや暫くじっと此方を警戒していた。 『……っ』  見合うことしばし。敵意がないのを悟った彼は、何事もなかったように静かに暗がりへと消えていった。  それが切欠だったのかどうかは、未だに分からない。  何らかの回線が切り替わってしまったようで、それから私はよく不思議なものを視るようになった。  美しいものもあれば、目を背けたくなるほどの醜悪も見た。  ただし、それはしばしば筆舌に尽くせないほどの危険を伴っていた。  ―――それはなぜか。  此方が相手に意識(チャネル)を合わせる時は、同様に彼方も相手を覗き込もうとするからである。  見てはいけない。応えてはいけない。  その理に徹し、生きてきた。  しかし何げない日常の片隅、不思議なものは「境界線」を隔てて静かに息づいている。  交差点、横断歩道、公衆電話、何処にでもありふれているが、死亡事故現場に供えられた花束が一番分かりやすい。  ああいった場所には無念がこびりつき、アチラ側との通路が繋がりやすくなるのだ。  人も動物も器物も、存在した場所に肉眼には捉えられない痕跡を残している。   素粒子の奥底の揺らぎに刻まれた記憶、そんなものが切欠を得て現象になることを、私たちは「幽霊」と呼ぶのかもしれない。  しかし、私が視た「鬼」は何者なのか。  一体、彼は何者で、何処から来て、何処に行くのだろう。   当時の私は、小学生の癖に各地の土着伝承が好きだった。  時が経つに連れて興味は薄れる処かどんどん増し、彼の正体を究明すべく蔵にある古書を読み漁った。  そこに記された伝承は鮮やかに「異質」な空気を纏っていて、独自の「何処か懐かしくも恐ろしい」世界観を含み、宿していた。  私は未だに、美しい金色を持つ鬼の少年の眼差しが忘れられずにいる。
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