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◇
初夏の陽射しが降り注ぐ山中を、学生らしき集団が纏まりなく歩いている。
おそらく行楽行事だろうか、引率の教員以外は学生服と学校指定のジャージ姿だ。
仲のよい同士で歓談する生徒や、ふざけが過ぎて引率の教師に注意される者など様々である。
花凛を守護するために付いてきた1本角の少年は、金色の髪を靡かせながら新緑の葉をつけるミズナラの太枝に座して目下を行く群体に視線を投げて目当ての姿を探す。
そして、すぐにその愛おしい立ち姿を見つけた。
「悪友どもめー…あとで絶対シメる!」
長い黒髪をポニーテールに結って、青い上着を着ている花凛がハイテンションで山道を進む集団の最後尾を絶不満で歩いていた。
「くっそ重…いんだよっ!! ああああ腹立つっ」
1本角の少年が花凛の思考に波長を合わせると、彼女の不満の理由が映像となって直接に少年の意識に流れ込んでくる。
どうやら、悪乗りした友人らが荷物持ちの籤を勝手に作っており、無事(?)にアタリを引いた花凛は「人数分の荷物持ち」のお役に預かる羽目になったようだ。
『!』
表面上は仲良い様子に繕っているが、実際には余りよい印象も感情も抱いていないとも、意識下での文句は続く。
「おっ、やっと来た!」
「もう、花凛ったら相変わらず体力ないんだから。こっちこっち!」
再び目をやると、ようやく勾配のきつい道を越えた先に見知った赤ジャージ(今時ダサすぎる)の集団を見つけた花凛が、ノルディックウォーキングのポールを杖代わりに手招きする友人らの輪になんとか追い付いた処だった。
「はー、まじ死ぬかと思ったわ。部活の延長だと思ってナメてたけど、年には勝てないわね」
「おりゃ!」
うんざりとばかりに肩をすくめて笑う花凛の脳天を、連れだって歩く黒髪の少女が軽くチョップする。
『なにをするか…っ、この!』
―――がりりっ!
一連の狼藉を目撃した1本角の少年の金の髪が怒りに逆立ち、思わず出た爪がミズナラの樹皮を深く抉った。
「ちょ…痛い、マジチョップすんな。荷物重かったんだからね!」
「ドンマイ花凛、アンタまだ10代なんだから、ババくさいこと言わないの! ほらチョコあげるから、もう少し頑張ろ」
花凛にチョコレートを寄越してきた「美咲」こと犬童美咲は黒髪のベリーショートと浅黒く焼けた肌が印象的な少女で、スラリと長い手足と快活な笑顔は見る者の目を惹く。
しかし1本角の少年は、美咲と呼ばれている少女に違和感を覚えて一瞬考え込んだ。
なんの変哲のない人間に見えるが、時折に感じる底冷えする気配は何だろう。
まるで、獲物を黙視する獣のようだ。
危険は感じられないが、懸念していた方がいいかもしれない。
1本角の少年の懸念もよそに、花凛を含めた学生の集団は更に道を奥へ奥へと進んでいく。
『!』
この先が難所であるのを思い出した少年は、並走していた枝から進路を変えて苔に埋もれた切り株に着地した。
「ありがとう。でも美咲はいいよね、陸上部のエースで運動神経抜群なんだもん」
健康そうに日焼けした美咲と比べて、如何にも少女然としてインドア派の可弱い印象に見えてしまうのが嫌…というよりかはそれが長年のコンプレックスの花凛は、拗ねながら口を尖らせる。
日光に焼けようとしても、どういう訳か肌は赤くすらならない。
(少年が、身を挺して日陰を作っているからである)
なので、花凛は常に万年雪のように真白だった。
「花凛には花凛の長所があるんだから、卑屈にならないの。いい? ポジティブに、ポジティブにね!」
「うわおっ、危ないなあ…転んだら洒落んならないよっ」
『…ああ、全くだ。イライラする💢』
続けざまに背を肩を叩かれ危うく急勾配で均衡を崩しかけた花凛と1本角の少年(隠形しているから姿は視えないが)は、二人揃って深々と雑な溜息を漏らした。
「わっ、見て! 看板見えてきたよっ」
【鬼哭峽キャンプ場】
高校二年生の足には些か険しい道程を経てやがて辿り着いたのは、光の加減で青く見える湖水が美しい湖の畔のキャンプ場だった。
「よーし…各班、点呼始めっ! 終わった班から各自休憩ー!!」
引率教師が手際よく指示を飛ばし、花凛たちは漸くの休憩モードに歓声をあげた。
花凛が所属している部は郷土研究部といって、地域に伝わる歴史や伝承を多角的に調査し、図面もしくは本にしている。
なかなかに蘊蓄くさい部なので頭数も少なく、部員の身内や友人らが自由参加してようやくひとクラス分が集まったのだった。
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