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些細な親切はアヤカシを招く
目を覚ましたら驚いた、そんな経験は誰にもあるだろう。それはおねしょをしたりとか、着替えもしないで寝ていたとか、見知らぬ誰かがいただとか。そう、今回のことも、ある意味ありきたりなのだ。物語だとしたら、とてもありきたり。
こんな状況、君が知ったら、どんな顔をするのかな……。
「ん、んん……」
月岡は目を覚まし、瞼をぱちぱちと動かした。ぼんやりとした視界で、最初に捉えたのは天井のシミ。昔雨漏りがしたらしく、楕円形のシミが広がっている。ぼんやりとしたまま腕をあげると、昨日の服のままだった。藍色のしわが寄った作業着。勤め先の酒屋の、名前のついた前掛けをつけてない分、まだマシなのだろうか。
「ああ……昨日は」
そう飲み会があった。新しい酒が店に入ってきて、そのうちの一本を飲むことになったのだが、そのまま店主と店主の兄と深酒になったのだ。
「ん、んぅ」
ふと、隣から、というか間近から声が聞こえた。月岡は一人暮らしである。
酒屋の店主からあてがわれた小さな平屋で暮らしている。それははじめ、猫かと思った。あまりに愛らしい声だったからだ。けれどもよくよく考えてみると、仕事柄酒の匂いを感じさせる月岡に、猫は近づくのだろうか
特に昨日はぷんぷんと、猫より鈍感な人間ですら鼻につくくらい、匂っていたはずなのに。月岡はそっと起き上がり、声の主を確かめた。するとそこには赤の着物を着た子供が横たわって寝ていたのだ。白粉でもつけたのかと思うくらい白い肌と、長いまつげ、そしてふわふわとした長く明るい茶の髪。着物の袖口からは小さな手が見えた。
月岡は一瞬目を瞑り、それから目を開けて現実を見る。どう見ても子供だ。どうして子供が自分の隣にいるのか。申し訳ないことだが、月岡は子供に興奮するような心持ちの人間ではない。これでも一度は妻帯者で、子供を持とうと思っていた人間だ。とてもそんな風には思えない。ではこの子はどうやって……ここにいるのか。仕事で一日出かけていた身だ。窓には鍵がかかっていた。玄関も恐らく閉めたはずだ。つまりこの子は、どうやってウチに入ったというのだろう。若い頃なら、子供が隣に寝ているという事態に慌てふためいたのかもしれない。いや、年をとっても驚くことだ。やはり自分はどこか壊れているのかもしれなかった。三十九歳は、そろそろ人生の黄昏を考え出していい年の頃だ。
だがこの子、どこかで、見たような気がする……。
月岡は顔を伏せ、顎に手をやりながら昨日のことを思い出した。
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