一の段 若殿さまは一人ぼっち

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「お~い、萩右衛門! 相撲やろう、相撲! ……あれ? 誰もいない?」 「ひ……(ひこ)(きち)! ここじゃ! ここ、ここ!」  広間に誰もいなくて義苗さまが首をかしげていると、(うし)ろから義苗さまの幼名(ようみょう)(小さい(ころ)の呼び名)を呼ぶ声が。  義苗さまが()り返ったら、そこにはご隠居さまとでっぷりと太ったお相撲さん――伊勢ケ浜萩右衛門がいました。  ご隠居さまと萩右衛門は上半身(じょうはんしん)(はだか)で、はっけよい、はっけよいと相撲をやっている最中(さいちゅう)……あっ、萩右衛門がドテーンとこけました。  押し(たお)し~、押し倒しでご隠居さまの勝ちぃ~! 「あいたたたぁ~。負けましたぁ~でござる」 「うわっはっはっ! どうじゃ、ワシの会心(かいしん)一撃(いちげき)は!」 「やっぱり、ご隠居さまはお強いですぅ~でござる」 「そうじゃろう、そうじゃろう! かーかっかっかっかっ!」  菰野藩の前の前の藩主(はんしゅ)であるご隠居さま。お名前は土方(ひじかた)(かつ)(なが)さまといいます。まだ40歳(今の38~39歳)なのですが、悠々自適(ゆうゆうじてき)の隠居生活を送っています。 (萩右衛門はご隠居さまに気を(つか)ってわざと負けているだけなのに。運動不足ぎみのおっさんが本物の力士に勝てるわけがないじゃん)  義苗さまはジト目で雄年さまをにらみました。雄年さまは、13歳の義苗さまから見ても子供っぽいお方なのです。 「お殿さま。ご機嫌(きげん)(うるわ)しゅうぞんじます、でござる」  萩右衛門は、縁側に立っている義苗さまにへへぇ~と土下座(どげざ)しました。  裸と裸で(はげ)しくぶつかりあう力士とは思えないほど性格が(おだ)やかで、人懐(ひとなつ)っこいのが萩右衛門というお相撲さんなのです。強くて優しいその人柄(ひとがら)が、義苗さまは大好きでした。 「おいらをお侍にとりたててくださったこと、いつもいつも感謝(かんしゃ)しております、でござる」
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