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「いやー、それはご隠居さまのやったことだから。オレ、なーんもやってないから。というか、自慢じゃないけど、大名としての仕事なんてひとつもやったことないし。別にお礼なんていらないよ」
義苗さまはちょっと投げやりぎみに言いました。まあ、この若さまはいつもこんな感じなのですが。
萩右衛門は菰野藩の領地で育ち、お相撲さんになった若者。菰野藩の先々代藩主・雄年さまに気に入られ、菰野藩のお抱え力士になっていました。
ほえ? お抱え力士とは何かって?
よろしい、説明しましょう。
この時代、お殿さまが力士を自分の家来にして、武士の身分にひきあげてあげることがありました。強い力士を家来として召し抱えるのが、お殿さまたちのちょっとしたステータスだったのでござるよ。
というわけで、この萩右衛門という力士も、足軽(下級武士)と同じくらいの給料を菰野藩からちょうだいしていました。
……ただ、まあ。武士の生まれではないお相撲さんを家来にするのは、あくまでもお殿さまの娯楽みたいなものだったので、お金に余裕がない大名家はやりたくてもできなかったでしょうな。よーっぽど金銭感覚がない、後先考えないバカ殿以外は。
「お殿さま。今日は、しばらく江戸を離れるのでお別れのあいさつに来ました、でござる」
萩右衛門は、義苗さまにそう言いました。武士らしい言葉づかいをしようと思っているのか、いちいち語尾に「ござる」をつけているようですな。そんなにござるござる言わなくても大丈夫でござるよ?
「えっ? どこか旅行にでも行くのか? オレと相撲をとってくれるのはおまえだけだから、寂しくなるな……」
「いえ、旅行ではありません、でござる。今度、菰野で江戸大相撲をやるので、ご隠居さまのご命令でおいらがその準備をすることになったのでござる」
「ええ⁉ 菰野藩が大相撲を開くのか⁉ すごーいっ‼」
現在でも日本人に大人気の相撲。江戸時代には「神さまに捧げるための行事」として日本の各地でおこなわれ、有名力士たちが技を競い合う江戸の大相撲は特に人気でした。
そんな大相撲が、自分の領地でおこなわれると聞き、無気力でちょっと冷めた性格の義苗さまもおどろいたご様子。
当然ですな。たくさんの有名力士たちが集まる大相撲を開くなんて、よっぽどのお金持ちの殿さまじゃないとできませんもの。
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