一の段 若殿さまは一人ぼっち

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「いやー、それはご隠居さまのやったことだから。オレ、なーんもやってないから。というか、自慢(じまん)じゃないけど、大名としての仕事なんてひとつもやったことないし。別にお礼なんていらないよ」  義苗さまはちょっと()げやりぎみに言いました。まあ、この若さまはいつもこんな感じなのですが。  萩右衛門は菰野藩の領地で育ち、お相撲さんになった若者。菰野藩の先々代藩主・雄年さまに気に入られ、菰野藩のお(かか)え力士になっていました。  ほえ? お抱え力士とは何かって?  よろしい、説明しましょう。  この時代、お殿さまが力士を自分の家来にして、武士の身分にひきあげてあげることがありました。強い力士を家来として()(かか)えるのが、お殿さまたちのちょっとしたステータスだったのでござるよ。  というわけで、この萩右衛門という力士も、足軽(あしがる)下級(かきゅう)武士)と同じくらいの給料(きゅうりょう)を菰野藩からちょうだいしていました。  ……ただ、まあ。武士の生まれではないお相撲さんを家来にするのは、あくまでもお殿さまの娯楽(ごらく)みたいなものだったので、お金に余裕(よゆう)がない大名家はやりたくてもできなかったでしょうな。殿。 「お殿さま。今日は、しばらく江戸を(はな)れるのでお別れのあいさつに来ました、でござる」  萩右衛門は、義苗さまにそう言いました。武士らしい言葉づかいをしようと思っているのか、いちいち語尾(ごび)に「ござる」をつけているようですな。そんなにござるござる言わなくても大丈夫(だいじょうぶ)でござるよ? 「えっ? どこか旅行にでも行くのか? オレと相撲をとってくれるのはおまえだけだから、(さび)しくなるな……」 「いえ、旅行ではありません、でござる。今度、菰野で江戸大相撲(えどおおずもう)をやるので、ご隠居さまのご命令でおいらがその準備をすることになったのでござる」 「ええ⁉ 菰野藩が大相撲を開くのか⁉ すごーいっ‼」  現在(げんざい)でも日本人に大人気の相撲。江戸時代には「神さまに(ささ)げるための行事」として日本の各地でおこなわれ、有名力士たちが技を(きそ)い合う江戸の大相撲は特に人気でした。  そんな大相撲が、自分の領地でおこなわれると聞き、無気力でちょっと冷めた性格の義苗さまもおどろいたご様子。  当然(とうぜん)ですな。たくさんの有名力士たちが集まる大相撲を開くなんて、よっぽどのお金持ちの殿さまじゃないとできませんもの。
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