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母の作るお雑煮は、いつもより味が濃かった。指摘しないでそのままお椀を傾けていると、母は「ちょっとしょっぱかったかしら」と亮治に訊いた。
「ん。うまいよ」
そう答えると、母はホッとしたように笑った。
正月。毎年、一日に、藤峰家は家族四人でおせち料理とお雑煮を囲んで過ごすことになっている。結婚していた三年間は、この場に由希子もいたけれど、昨年からは四人に戻っていた。
今年も亮治と真人は、そろって実家に顔を出していた。リビングに入ってテーブルの上に広げられた豪華なおせち料理を見るたびに、いつも『ああ、一年経ったんだな』と実感する。そして去っていった一年を思って、次の一年に期待と不安を抱きつつ、お雑煮に入れる餅の数を母に伝えるのだ。
年々、餅の数が減っている。高校生の頃は最高で十個食べたのに、今では二個で腹がいっぱいだ。
二個入ったかつおだしのきいたお雑煮を食べながら、今年はどんな年になるだろうかと考える。隣にいる男をちらりと見て、亮治は小さなため息をつく。
ぴんと伸びた背筋に、細い首。こんな平凡な一般家庭で育ったにもかかわらず、真人のたたずまいには品がある。綺麗な男だと思う。
だが……亮治にはそれだけなのだ。欲を掻き立てられる体ではあるし、ずっと抱きたいと憧れてもいた。
けれど、弟である以上の感情は正直ない。どんな男より大切な存在であることに変わりはない。そんな自分の感情がゆえに、過信していたのかもしれない。
向こうも、こちらのことを『兄』としか思っていないのだと。それがどれだけ愚かで稚拙な考えだったか、知りもしないで。
あの夜のことを思い出すと、胸を突き刺すような罪悪感に支配される。
――おまえさ、俺のことを好きじゃないよな?
なんて訊き方をしてしまったんだろう。そんな無神経な自分に、真人はこう答えたのだ。
――そんなわけ、ないじゃない。
泣いていた。全然、隠せていなかった。真人は一筋の涙を流したあと、声にならない声をあげて、ベッドの上で嗚咽を洩らしていたのだ。亮治の前で。苦しそうに。
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