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正確には……そんなわけ、あるのだろう。
愚鈍な自分でもわかった。真人は自分に、恋愛感情を抱いているのだと。
背中を丸めて泣く真人を前に、亮治は何もしてやれなかった。何も声をかけることができなかった。
どうすればいいかわからなくて……寝室から逃げてしまったのだ。そのあと、真人がどうやって一人で涙を止めたのか、亮治は知らない。
あの日以来、セックスはしていない。できるわけがなかった。
自分のことを好きな相手を、持て余した性欲をぶつけるために利用するほどの意気地が、亮治にはないのである。
虫のいい話だと、自分でも思う。だが、自分で思うだけでは、どこか現実味がないのもまた事実だった。
露呈した真人の想いが、セックスを除いて、目に見えて自分達のあいだを変えることはなかった。真人は朝食を作るし、八時前には家を出る。そして夕方の六時半にはスーパーの袋を引っさげて帰ってくる。
亮治と会話もするし、テレビを観て笑いもする。
本当に普通の……よくいえば、自分達のあいだにセックスがなかった頃のように、戻っていた。
ただ、変わったことも二つある。一つはセックスやふれあいが無くなったこと。そしてもう一つは――。
「七味いれる?」
真人の声に呼び戻され、亮治はハッと我に返った。ふと横を見ると、真人が目線を下にさげて、七味唐辛子の小さな瓶を亮治の前に置いた。
亮治は真人の伏し目がちな目を見て、「サンキュ」と言う。
やっぱり、今日も合わない。
あきらめて七味唐辛子の蓋をとり、亮治はお雑煮の上にそれを振った。
変わったこと。それは、真人と目が合わなくなったことだ。真人は本来、人の目を見て話す人間なのだ。それなのに、真人と目が合わない。
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