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きっぱりと言われてしまい、亮治は思わず「関係なくないだろ」と反論した。
「じゃあ訊くけど、僕が家庭を持ちたいって思うことのどこが、兄さんに関係があるっていうの」
「そ、それは……」
「兄さんだって勝手に結婚して、なんの相談もなく離婚したじゃないか。僕だって、それと同じだ……自分の意思で、そうしたいって思った。だから、会ってみようってーー」
「俺は兄貴なんだぞ」
真人が怒りとも失望ともつかない表情で、「は?」と首を突きだした。
「俺はおまえの兄貴だから……関係ある」
「馬鹿にしないでよ! 今さら……あんたは都合のいい時も悪い時も、必ず『兄弟』のせいにする! 自分の都合で! それに僕がどれだけ苦しめられてきたか……あんたは知らないんだ」
真人が投げたバスタオルによって、視界が白いタオル生地に覆われる。真人の叫びに、亮治はきゅっと下唇を噛んだ。頭に被さったバスタオルを取ると、涙に濡れた真人の目と、久しぶりに目が合った。
真人の涙を見るのは、これで何度目だろうか。子どもの頃は、こんな風に泣くような人間ではなかった。
「……僕が悪かったよ。こんなわけわかんない性癖の兄さんに『自分はどうだ』って提案した僕が」
「真人のせいじゃない、俺が……」
「ぜんぶ……僕のせいだって言ってるんだから、もうそれで勘弁してよ……っ」
「……っ」
振り払われるとわかっていたが、亮治は真人の体を抱いた。案の定真人は亮治の胸の中で暴れたが、離したいとは思わなかった。
それは明らかに、欲からくる感情ではないということも自覚していた。
この男を、離したくない。
「好きに……なれるようにする」
ピタッと、腕の中でもがいていた真人の動きが止まる。
「真人のことを、好きになる。努力する。だから……」
少し腕の力を緩めて見ると、真人の焦点の合っていない目が飛びこんできた。死んだような、精気の抜けたような瞳――その瞬間、亮治の頭は後悔の波に襲われ、真っ白になった。
なんてことを、言ってしまったのだろう。取り返しのつかないことを、口にしてしまったんだろう。
「ご、ごめんっ」
謝った時には遅かった。細い体からは信じられないような力で突き飛ばされ、亮治は廊下で尻餅をついた。
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