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真人は自分のことを好きだけれど、同時に諦めてもいる――。
つまり、一番近くにいる真人が、自分にとって最も遠い場所にいるということでもあるのだ。
どうしてそんな難しいことが、この男にはできるのだろう。通常ならほしいと思う相手を、心底どうでもよさそうな目で見つめられるのだろう。
亮治は真人の切り揃えられたうなじを見つめながら、呆然と立ち尽くす。
洗濯機に洗剤を入れ、スイッチを押した真人が脱衣所を出ようと振り向いた。驚いて「まだいたの」と笑顔を作る真人の眉が、少しだけハの字に下がる。
繊細な筆で引かれたような眉尻は、子どもの頃から変わらない。
それを見た瞬間、亮治はあることを思い出した。
あれは高校の時だ。亮治が三年生、真人は一年生だった。当時から、亮治の性格や考え方の根っこは、陽気で楽観的な部分をだいたいが占めていた。
ただ……彼女ができるたびに参ってしまう自分に気がつきはじめたのも、この時期だった。そんな風に、自分に嫌気がさした時。亮治は屋上につづくドアの手前にあるスペースで、何をするわけでもなく、射しこんでくる外の明かりを、一人ぼんやりと眺めることにしていた。
何かから解放されるわけではなかったが、その一瞬だけ、自分のことを考えずに済んだのである。友達も当時付き合っていた一年生の彼女のことも好きだったけれど、近づけば近づくほど、自分自身のことを嫌いになっていく原因にもなった。
それは昼休みのことだった。毎日一緒にお弁当を食べていた彼女が、先生か誰かに呼ばれたとのことで、亮治は久しぶりに一人の時間を持て余していた。彼女との付き合いがちょっと負担になっていた時期だったため、亮治は牧野の誘いも断り、例の場所で寝っ転がりながら、窓の外をぼんやりと見つめていた。
その時、階段の下の踊り場から、聞きなれた声がしたのだ。男女の声。女の方は、亮治が付き合っていた一年生の彼女だった。
男の方は――。
「きゅ、急にごめん……その、好き……です。よかったら、僕と付き合ってください」
真人だった。
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