亮治

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 ――無かったことには、したくないなって。  高校生の真人の声が、どこからか聞こえてくる。それで亮治はわかった。  無かったことに……したいのだろう。兄と体を繋いだこと、そして兄に恋をしてしまったことを。  ツキッと胸に痛みが走る。亮治は廊下で立ちすくんだまま、ウインウインとうなる洗濯機を見つめる。  真人と交わるのが当たり前になっていた一、二ヶ月間。亮治はこれ以上の幸せはないと思っていた。すべて真人の我慢によるものであったことに、気づきもしないで……。  真人にとってはつらい日々だったかもしれない。だが、真人が自分にくれた幸せは本物だった。現実だった。それを自分は、無かったことにしたくはない。  それを認めた時、亮治はたまらなくなった。自分だけが覚えていればいいだけの話なのに、どうしてだろう。心のどこかで、真人に、無かったことにされるのは苦しいと叫ぶ自分がいる。  リビングから、「向こうでお餅食べ過ぎたから、今日は軽めでいいよね」という声が聞こえてくる。なんて普通の声。体を繋げる前と同じ声の調子だろうか。  口は開けれるのに、亮治はそれに返すことができなかった。
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