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真人は自然と寄ってしまう眉間の皺を伸ばすように、指で揉んだ。とりあえず納税通知書を住民らに発送したのが今日。明日明後日からが、真人にとっての本当の地獄が始まる。
通知書が届いた住民達からの、苦情の電話対応だ。「税金がこんなに高いなんておかしい、計算ミスじゃないのか」とか、「どういう計算で税金の額を算出しているのかきっちり説明しろ」だとかである。
だが、それらの苦情を抱きたくなる気持ちも、理解できないこともないので「しょうがない」と割り切っている。
最悪なのは税金に対する苦情ではなく、自分達職員への関係のない罵詈雑言の類を浴びせられることだ。死ね、クズ、ゴミという言葉は何度言われても胃に穴があきそうになる。
典型的な罵倒よりショックだったのは、「住民から奪った税金がおまえらの給料になってるんだろ?」と電話口でバカにするような口調で言われた時だ。あながち間違いではないだけに、傷つくというよりもやるせなかった。
「ま、とりあえず飲め」
兄の亮治は気にせず、グラスにビールを注ごうとしてくる。
「……僕の話聞いてた?」
「バカ、そういう時だからこそ飲むんだよ、酒ってもんは」
「兄さんの肝臓と一緒にしないでもらえるかな」
亮治の手から瓶を抜き取り、自分のグラスに注ぐ。「おまえって、ほんと可愛くねーのな」と言われたが、三十二歳の兄から可愛いと言われたところで心臓は一ミリも動かない。
「まあまあ亮治、私らとは違って、真人とお母さんはお酒には強くないんだ。無理強いはよくないぞ」
兄弟のやりとりを見ていた父の武史が、豪快に笑った。加齢に伴い、いくらか肉がついたが、笑う時に目を押し上げる頬は、今でも亮治にそっくりだ。
海の近くで育った父とは違い、都会育ちの母・麻子も、父につられていつもより口を開けて笑った。笑うときゅっと細くなる顎を見る度、真人はつくづく自分はこの人に似ているなと感じる。
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