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【同期】
大学に入るのに一年浪人。
希望の大学へは連続で落ちたものの、滑り止めに受けていた大学に辛うじてひっかかる。
有名大学でもない大学での就職活動も困難、つくづく僕の人生はついていないと感じた青春の一ページ。
それを共有した悪友と、久しぶりに会うことになった。
季節は初夏、はじめて手にした夏のボーナスで親に一泊旅行をプレゼントする。
その親が旅行中の晩に羽を伸ばそうという魂胆だ。
きっと、親にはバレバレだったと思う。
「よう、タケ!」
夏真っ盛りにはまだ少し早く、夕方になると過ごしやすい気温とはいえ、スーツにネクタイ姿で手を上げて僕を呼ぶのは、学生時代にバイトしていた上司に気に入られ、途中入社にこぎつけた運のいいヤツ、正史だ。
なんとかっていう部品を売るのが仕事とか。
機械にはめっぽう弱い僕はさっぱりだが、売れれば売れるだけ金になるとかで、最近は仕事優先、連絡も減ったがこういう集まりには人一倍耳がいいらしく、率先して参加してくる。
「暑くないのか、その格好」
「ああ、スーツか? 慣れだよ慣れ。そういうタケは慣れたか、今の仕事」
痛いところをつかれて、僕は苦笑いを浮かべた。
浪人したのは大学だけじゃない。
実は就職浪人もしている。
一年――転々とバイトで食いつなぎ、やっと今年の四月に正社員になれた。
「なんだっけ、派遣バイトってのをしていたんだろ? 聞くところによると、結構金いいらしいじゃん」
「そうでもない。やはり、安定収入が約束された社員とは違うよ」
「そういうものか?」
正史は昔から形というものには拘らない。
金になるなら、社員もバイトも変わらないという考えは、どうしても安定を求めてしまう僕には考えられない思考だ。
確かに、派遣バイトは金になった。
だけど安定がない。
派遣期限が切れて、次にまた仕事があるとは限らないから、貯蓄をしてしまう。
切り詰める生活を余儀なくさせられる。
しかし、いい面もあった。
実は今の会社、一時派遣で出向いていた会社で、面接の時、それを覚えていてくれていた人がいた。
そのおかげもあって、引っかかったようなもの。
まったく、大学の時と同じで僕はいつもスレスレを生きているようなものだ。
「弘(ひろむ)は?」
僕の問いかけに正史は、運転する仕草を見せた。
「ああ、配達?」
「そっ、それが終わって、車を家に置いてから向かうってさ。先に行ってていいみたいだぜ」
結局、大学在学中に就職先が決まらなかった弘は、継ぎたくないと散々言っていた実家の八百屋を早々に継ぐことになった。
今継いでも、数年後継いでも変わらねぇという、父親の一言で決められたようなものだったが、今ではすっかり八百屋の若旦那として板につき始めていた。
そういった面からも、地に足のついた社会人として僕はまだまだ新米なわけだ。
そんな僕の提案する店で会うことになったのは、単にこのふたりに暇がなかったのと、そういう情報に疎かったからだ。
僕はたまたま、今の職場に入って知っただけの店なんだが――
「へぇ……、中央にダンスホールって、映画の撮影セットみたいだな」
正史には、好評のようだった。
◆◇◆◇◆
この店は最近出来た。
僕がいる部署では雑誌のインタビューなんかをしている。
そう、僕の仕事は編集部ってわけ。
僕自身の仕事は、たいしてバイトと変わらない雑用なんだが、どこで話を聞いたのか、この店の取材に同行するように言われたのだ。
たった数日、ダンスの経験があると、いうだけで――
「なあ、タケ。ここではどんなショーが見られる?」
「殆ど知名度のあるダンスが見られるはずだけど? 正史、興味あるのか?」
「いや。ただおまえはあるんだろう、経験」
「あるって言っても、たった数日だぜ? 経験のうちに入るか、恥ずかしい」
とはいえ、その思い出は僕の中ではかなり貴重で最高の青春の一ページとなって、今でも残っている。
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