2話

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2話

イヴァンカ一行は侯爵家から借りた馬車に乗って王都を目指していた。 ヘンリック侯爵が数日前から手配をしていたらしい。馬車の御者にユーリがなり護衛としてゾーイ、侯爵家直属の騎士であるアレクシスという30歳くらいの男性が騎馬で随行している。 馬車の中にはメイドのステラとイラリアが隣り合って前方の座席に座りイヴァンカは向き合う形で後方の座席に腰掛けていた。荷物を運ぶためにもう一台の馬車がありそちらにも3人の男性が乗っている。 彼らはアレクシスと同じ騎士であえて隊服は着ずに私服を着ていた。これは彼らにとっては変装といっても良かった。何かあった時のために御者も騎士がしていて前方で走っている。後方にイヴァンカ達3人が乗る馬車が付いてきていた。 イヴァンカは大袈裟な旅になったと思っていた。侯爵が協力してくれるのは有り難い。だが護衛まで付けるのはやり過ぎではなかろうか。 アレクシスはユーリやゾーイの剣術の師であるらしいからまだいいが。他の騎士達は自分が余計な行動を取らないための監視ー要は見張り役ではないかと勘ぐりたくもなる。 「……イヴァンカちゃん。どうしたの?」 「あ。イラリアさん。何でもないです」 イラリアが心配そうに尋ねてくる。イヴァンカは曖昧な笑みを浮かべて誤魔化そうとした。が、ステラは真剣な表情でこちらを見ていた。 「イヴァンカちゃん。顔色が悪いわ。もしかして前方の馬車の人達が気になるの?」 「……すみません。どうもあの騎士さん達に見張られているような気がして。でも何で侯爵様はただの平民であるあたしにこんなにも親切にしてくださるんでしょう。いくらカルダ様の弟子といってもあたしは霊力をろくに持たない普通の人間です。養女にしてくださるだけでも申し訳ないくらいなのに」 「その事で悩んでいたのね。実はね、旦那様は五年程前にお子様を亡くされているの。まだ、16歳のお若い方でね。体が元々丈夫ではなかったのよ」 「……そのお子様はその。息子さんだったんですか?」 「えっと。違うわ、ご息女よ。一人娘でいらしたからね。侯爵様の嘆き様は見ていられなかったわ」 「そうだったんですね。あの、お子様は一人だけだったんですか」 「いいえ。ご子息は二人いらしてね。亡くなられたご息女を合わせると三人いらしたのよ。けど流行病のせいで奥様とお嬢様は立て続けに亡くなられて。だから今回イヴァンカちゃんの話を聞いて他人事とは思えなかったんでしょうね」 そう言ってステラは話を終わりとばかりに打ち切った。イヴァンカは複雑な気持ちになる。 その間にも馬車は進んで行った。 ステラとイラリアはイヴァンカにアンドラの事や侯爵の事を色々と教えてくれた。その話によれば、アンドラは王都きっての精霊術士で有名だという。 その力はカルダを超える程らしくこの国最強の精霊術士だと言わしめるとか。 何故、二人が知っているかというと王都に実際行って滞在した事があるからとの事だった。その間に噂話を仕入れていたらしい。 「……イヴァンカちゃん。侯爵様はね、あなたが最高の精霊術士になるであろうという事を知っていたの。けど、呪いを受けて力を封印されてしまった。侯爵様はとても同情されていたわ。ご息女のお名前はイレーヌ様と言ったんだけどね。イレーヌ様はイヴァンカちゃんに髪の色や目の色、顔立ちが似ているのよ」 ステラがいうとイヴァンカは驚きのあまり、声が出なかった。 イレーヌ様が自分に顔立ちが似ている? 信じられないと思った。イヴァンカとイレーヌは赤の他人だ。 イヴァンカの両親は二人とも平民だった。が、霊力検査を教会で受けてから二人とは疎遠になった。霊力検査の直後に教会の神父にすぐに精霊術士を育成する術士塔ー王都の王宮の一角にあるーに入るように言われたからだ。仕方なく両親は嫌がるイヴァンカを術士塔に行かせた。 彼女が四歳の時だった。今になって思えば、両親は教会や王宮から多額の資金を得ていた。要はお金目当てで自分は売られたと知った時は愕然としたが。 それからわずか二年後に精霊王を怒らせるという大事件を起こすのだから人生何が起こるかわからない。イヴァンカは人知れずため息をついた。 イヴァンカ一行が出発してから一週間が過ぎた。やっと王都を目前にできる町に来ている。 「イヴァンカ。もう宿に着いたぞ。イラリアさんやステラさんも降りてくれ」 ユーリが馬車から降りるように言う。最初にイラリアが次にステラ、最後にイヴァンカが降りた。 何故かというとイラリアとステラは幼い頃から武芸の訓練を受けていてイヴァンカの護衛も兼ねているからだった。暗殺者などの気配を探るために先に二人が降りて危険がないと判断できたらイヴァンカが降りるという手筈になっている。 最初は固辞していたイヴァンカもステラに説得されて護衛の件を渋々承諾した。何故かといえば、イヴァンカが精霊術士としての霊力があることと侯爵が養女にと望んでいることが関係している。ステラとイラリアは侯爵から密命を受けていた。この国一番の霊力を持つ可能性のある娘を自分の陣営に引き込むためにも身を挺して守れと。それに秘かに侯爵はイヴァンカを第一王子ーつまりは王太子の妃に据えたいと目論んでいた。だからこそユーリとゾーイ、アレクシスの三人をさらに護衛に付けた。イヴァンカだけが侯爵の目論見を知らずにいた。 「イヴァンカちゃん。大丈夫みたいよ」 「わかりました。いつもすみませんステラさん、イラリアさん」 「いいのよ。イラリアと二人であなたを守るから」 謝るとステラが真面目な表情で答えた。イヴァンカは恥ずかしくて霊力のない自分を歯がゆく思う。それを知らないイラリアとステラはイヴァンカや自分たちの荷物を取りにもう一台の馬車の方に向かった。 「イヴァンカ。疲れてないか?」 「ううんと。ちょっと疲れたかな。肩が凝ってるかも」 「そうか。じゃあ、後でステラさんにマッサージを頼んでみな。あの人けっこう上手いぞ」 「わかった。頼んでみる」 「イヴァンカ。本当に体調が悪くなったら俺たちにも言ってくれよ。気づいた時には手遅れだったなんてこっちも嫌なんでな」 真面目に言われてイヴァンカは意外に思った。ユーリがこんな顔して心配するとは。明日は雨でも降るんじゃないか?そんな失礼な事を考えていたらステラとイラリアが戻ってきた。 「イヴァンカちゃん、ユーリ君。どうしたの?」 イラリアが不思議そうに尋ねてくる。 「えっと。何でもありません。荷物ありがとう。イラリアさん」 「どういたしまして。これはイヴァンカちゃんのカバンよ。持てそう?」 「はい。そんなに重くないですし。自分で持てますよ」 イヴァンカは笑顔で頷きながらカバンを受け取った。ステラ、イラリアと一緒に宿屋へ入った。 受け付けカウンターでゾーイとアレクシスが先にお金を先払いし部屋の鍵を受け取っている。カウンターにいるのは宿屋の主人らしき中年の男性だ。 「あ。イヴァンカちゃんにステラさん。イラリアさん。もう宿賃は払ったからな。ちなみにイヴァンカちゃんとイラリアさんが同じ部屋でステラさんが隣の一人部屋だ。食事は一階の食堂で食べてくれだとよ」 アレクシスが言うとゾーイもそうらしいと頷く。 「すみません。アレクシスさん」 「いいってことよ。女連れだと野宿も簡単にはしない方がいいし。王都まではこういう宿屋があるにはあるからな。心配はしなくてもいい」 「はい。あ、イラリアさん。今日は同じ部屋だからよろしくお願いしますね」 「ええ。イヴァンカちゃん、先に荷物を置いてきちゃいましょ」イラリアに言われてイヴァンカは宿屋の二階に上がる。ステラがアレクシスから二部屋、イヴァンカたち二人部屋のと自分の一人部屋の鍵を受け取った。待ってと言ってステラはイヴァンカとイラリアを追いかけた。 「なあ、ゾーイ。イヴァンカちゃんがあのままアンドラとかいう精霊術士に会って大丈夫だと思うか?」 「さてな。俺には詳しい事はわからない。が、アレクさんが心配する気持ちはわかる」 「そうだな。イヴァンカちゃんとはまだ知り合って一週間くらいだが。明るくて我慢強い子だ。どうしても情が湧いちまってな」 アレクシスは苦笑しながらゾーイを見た。ゾーイも苦笑してそうだなと頷いた。ユーリが複雑な表情でため息をつくのを見つけて顔を見合せたのだった。 「イヴァンカちゃん。宿屋の近くに温泉があるの。一緒に入りに行かない?」 「え。いいんですか?」 「いいのよ。まあ一人で行くのも危ないから。後でアレクシスさんとユーリ君が付いて来てくれるはずよ」 「わかりました。四人で行くんですね」 「ええ。ちゃんと男湯と女湯に分かれているから安心して」 はあと言うとイラリアは悪戯っぽく笑う。 「大丈夫。あたしも一緒だから」 イヴァンカはよくわからないながらも頷いた。お風呂に必要な道具類と着替えを小さな布袋に入れて二人はお風呂に行った。 温泉に浸かり旅の疲れと汚れを落としたイヴァンカとイラリアは指定していた場所でユーリとアレクシスと落ち合った。 「よう。イヴァンカちゃんにイラリアさん。二人とも温泉はどうだった?」 「良かったですよ。おかげでお肌がつるつるになったみたいです」 「そうか。じゃあ、夕食の時間だから宿屋に戻ろうぜ」 「わかりました」 「イヴァンカちゃんもお風呂良かっただろ?」 アレクシスがイヴァンカにも声をかけてきた。 「え、はい。とても良かったです」 「なら良かった。ユーリとも話すか?」 「……アレクシスさん?」 「何。ユーリは君に惚れてるみたいでな。王子の嫁になるよりもあいつの方がいいような気がするんだ」 イヴァンカは驚きのあまり目を見開いた。ユーリが自分に惚れてる? 「ええっ?!」 「しぃ。声が大きい。まあ、そういう事なんでな。考えておいてやってくれ」 アレクシスはイヴァンカの肩をぽんと叩くと側を離れた。驚いて口もきけずにいたらユーリが近づいてくる。 「……イヴァンカ。アレクシスさんと何を話していたんだ?」 「何って。そのユーリがあたしを好きらしいって聞いたんだけど」 「またあの人も余計な事を。ごめんなイヴァンカ。アレクシスさんは俺の剣術の先生でな。俺が昔からお前を好きだっていうのは知っていたんだ」 「……あたしを?」 「ああ。まさか、先生が先に言っちまうとは思わなかった。でもお前に対しての気持ちは嘘じゃないから。イヴァンカ、お前が好きだ」 イヴァンカは初めての異性からの告白に戸惑ってしまう。顔に熱が集まるのがわかる。自分の顔が真っ赤なのは鏡を見なくてもわかった。 「……ユーリ。あたしなんかを好きになってくれたのは嬉しい。けど呪い持ちで精霊術士のあたしを好きになったらあなたにとっては良くない事だらけなのに」 「何言ってんだよ。良くないかどうか決めるのは俺だ。お前が呪い持ちだろうとそれがなんだ。俺はわかった上で好きになったんだ。イヴァンカ、それくらいで俺は諦めるつもりはないからな」 ユーリはそこまで言うとイヴァンカの肩を掴んだ。ぐいと引き寄せるとイヴァンカの体はバランスを崩した。とんと彼女の顔がユーリの胸にぶつかる。気づけば、ユーリの腕がイヴァンカの背中に回って抱きしめられていた。 アレクシスとステラや他の人の目もある中でもユーリは躊躇わない。イヴァンカを逃すまいと腕に強い力を込めた。 しばらくそのままでいたのだった。 宿屋に戻るとイヴァンカは何故かユーリと二人で食堂に行き、夕食を共にした。 「……ユーリ。そのさっきの返事だけど」 「どうした?」 「あたし、いずれは王子様の妃にさせられるってステラさんから聞いた。だとしたらユーリとは引き離される。それでもいいのなら付き合う」 イヴァンカが絞り出すように言うとユーリはむすっと押し黙る。何かいけない事でも言ってしまっただろうか。おろおろしながらもイヴァンカは頼んでいた豚肉のロースステーキをナイフで切り分けた。フォークに突き刺すと口に運んだ。ゆっくりと食べていたのでまだ半分も無くなっていない。 ユーリも鶏肉のスパイス焼きをナイフで切り分けてフォークで突き刺し食べている。 「……イヴァンカ。言っただろ。俺は呪いとか王子の妃になるとか。そんなくらいで諦めるつもりはないって。初恋だし俺はなかなか諦めが悪いんでな」 にやりとユーリが笑った。イヴァンカは何と言ったものかと困惑してしまう。二人はまんじりとしない中で食事を進めたのだった。
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