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俺は無事高校生になり、バイトを始めた。文也は相変わらず入退院を繰り返していた。
俺はバイトのない日は必ず文也に会いに行った。高校のことやバイトのことを聞かせてやると、文也はニコニコしながら聞いてくれた。
けどその笑顔が段々と老け込んでいっていることに、俺は気が付いていた。
度重なる検査、治療、投薬。
髪も肌も元気が無くなり、痩せ細った手足は同じ年の男とは思えないほどに衰えていた。文也はいつしか絵を描くこともしなくなり、移動は車椅子を使い、ベッドの上で眠って過ごすことが増えた。
それでも、俺の話はいつもニコニコして聞いてくれていた。
「また、葉介と一緒に外を歩きたいなぁ。」
ある日、どこか諦めたようにそう溢した文也の手を、俺は力一杯握った。
あまりに細くて頼りないその手は折れてしまいそうで、俺はヒヤッとしてすぐに力を抜いた。
「…歩けるよ!歩こう!」
「でも、俺もうあんまりたくさん歩けないから、転びそう。売店に行くのも大変だもん。」
「俺が支えるよ!手繋いで、しっかり支えるから!」
「あはは、男同士なのに?手繋ぐの?恥ずかしくない?」
「恥ずかしい訳ねーだろ!」
俺が思わずそう叫ぶと、トントンと病室のドアがノックされた。静かにしなさい!と年配の看護師の声が響いてきて、俺たちはクスッと笑いあった。
怒られちゃったじゃん、と笑う文也は、ちょっとだけ泣きそうだった。
「…ほんと?」
「ほんとだよ。文也は恥ずかしいのかよ。」
「恥ずかしいよ…」
「恥ずかしくない。俺が文也のこと大事に思って文也を支えて歩きたいって気持ちのどこが恥ずかしいんだよ。」
「バカだな葉介、そんなの…」
もともとちょっと泣きそうだった文也は、ぐにゃりと口を歪めて嗚咽を溢した。
「そんなの、女の子に言ってあげる台詞だよぉ…」
大粒の涙を零してしゃくり上げる文也の痩せた身体を、そうっと抱きしめた。腕の中で震える身体は、16の男の身体じゃなかった。
チビの頃たまにふざけて抱き合った時は、ふわふわと柔らかくて温かかくて、ちょっと汗の匂いがしたと思うのに。
どうしてこんなに硬く小さくなっちまったんだよ。どうしてこんなに薬臭いんだ。
どうして、お前じゃなきゃならなかったんだ。
怒りは俺の心に深い傷を負わせ、消化する場所のないその怒りは虚しさとなって塩を塗っていった。
俺たちは泣きながら抱き合って、そしてその時初めてキスした。
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