線香花火

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文也は、歩くリハビリを始めた。 衰えてしまった足腰ではなかなか長時間歩くことは難しく、階段なんかは直ぐにへたり込んでしまっていた。 だけど文也は諦めなかった。 俺ももちろん付き合った。 大変だと言っていた売店への道も車椅子を使わずに歩き、天気のいい日は病院の中庭を散歩した。 俺たちはいつも手を繋いでいた。 看護師や他の患者さんに仲良いねと声をかけられる度に文也は恥ずかしそうに俯いてしまっていたけれど、俺が大きな声でこう叫ぶと、その俯いた顔がちょっと嬉しそうににやけていた。 「愛し合ってますから!」 ─── 時は容赦なく進んでいく。 俺たちはあっという間に18歳になり、俺は大学受験を見据えて夏休み前にバイトを辞めた。 夏休み中は家と塾と病院をずっと行き来して、8月に入って少しした頃、久しぶりに文也の母ちゃんに会った。 俺の母ちゃんと大して年が変わらないはずなのに、心労のせいか髪は真っ白で、もうおばあちゃんに見える程だった。 「葉介くん、あのね…」 そう切り出した文也の母ちゃんの表情が明るかったから、俺はてっきり文也が退院できるとか、病状が良くなったとか、とにかくいい知らせだと胸を躍らせた。 「今月末に、文也を連れてアメリカに行くわ。」 アメリカは、日本よりも医療が進んでいる。それはいくらニュースを見ない俺でも知っている。 そしてアメリカでは、日本ではまだ許可されていない文也の病気に有効な薬が使えるそうだ。 そして文也の病気に詳しい医師も。手術が必要になったら、腕の良い外科医もいる。 俺はもちろん賛成した。 文也の病気が治るかもしれない。少しの間会えなくなるけれど、元気になった文也と外を歩けるかも。 文也も喜んでいるに違いない。 「文也、やったな!アメリカに行けば治るんだろ!?」 けど、文也の顔は泣き腫らして酷い有様だった。 「治るかもしれない…けど、治らないかもしれないんだよ!治らなかったら帰ってこれない、もう葉介に会えない!葉介と外を歩けない!それなら俺…行きたくない!」 文也のでかい声を聞いたのは随分久しぶりで、だけどそのでかい声も弱々しい声だった。 文也は随分興奮してしまっていて、結局看護師を呼んで頓服の薬を飲まされて漸く落ち着いた。 泣き腫らした目元だけが赤くて、白く窶れた頬に不自然に映えた。 「逃げたい。」 これまで泣き言一つ言わずに治療に励んできた文也のその言葉を、俺はどうしても叶えてやりたいと思ってしまったのだった。
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