線香花火

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「すごーい!すごいすごいすごい!葉介見て!海!」 電車の窓を覗き込んで、文也は興奮した様子で海を指差した。満面の笑顔ではしゃぐ文也なんて、何年振りだろうか。 俺は盆休みに入り、医師と看護師が病棟から激減するタイミングを狙って文也を病院から連れ出した。 「逃げよう、どこへでも一緒に行ってやる。」 文也は信じられないような顔をして、けれどすぐに頷いた。 車椅子は目立つから置いてきて、文也はすごく頑張って歩いて、時には俺が背負い、やっとの思いで駅までたどり着いた。どこに行きたいか尋ねると、文也は京都と即答した。 「中学の修学旅行、行けなかったから。」 悲しそうに微笑んだ文也の頭をぐしゃぐしゃして、俺は全然使っていなかったバイト代をありったけ下ろした。 コンビニでお菓子を買って電車を乗り継ぎ新幹線に乗って、下らない話をしながら京都へ向かう。 文也は時折眠っていた。 辛いに違いない。普段はベッドの上で過ごしているのだから。 俺は文也が眠っている間は京都の観光地を調べ、文也が起きると調べた成果を話して聞かせてどこに行くかを一緒に考えた。 修学旅行に行けなかったからなんて言うから寺院巡りがしたいのかと思えば、文也が行きたがるのは食べ物屋ばかりだった。 ─── 京都駅からすぐのビジネスホテルに手続きをして、疲れ切っている文也をとりあえず休ませた。 けれど興奮しているらしく眠れない文也に、俺は京都駅で八つ橋やら饅頭やらのお土産品を買ってきて、2人でダラダラ食べて過ごした。 ダブルのベッドに2人でゴロゴロしてちょっかいを出し合って、時々キスして、いつしか文也は眠った。 ふわふわだった髪はかなり抜け落ちてパサパサで、こんなになるまで頑張っている文也にただただ愛おしさがこみ上げた。 感じているのは愛おしさなのに、溢れてくるのは、涙だった。 ─── 翌朝、文也は朝食バイキングに目を輝かせた。 「あれも食べたい…あ、でもあれも…ああどうしようあれも美味しそうだし、でもデザートにヨーグルトも食べたいし…」 「お前今日食べ歩きに等しい観光するのわかってる?」 「わ、わかってるよ!」 うんうん唸りながら食べ物たちを眺める文也はすごく可愛くて、俺は笑いを堪えることが出来なかった。 食が細くなってしまっている文也は結局あまり食べることが出来ず、残りを申し訳なさそうに俺に差し出した。 駅前で車椅子をレンタルして、俺たちはあちこち見て回り、文也は行く先々であれが食べたいこっちも美味しそうと騒いだ。 物は全然欲しがらなかった文也だけど、俺が何か文也との思い出が欲しくて修学旅行生向けに作られたのだろう安っぽい金閣寺のストラップをお揃いで買った。早速スマホにつけると、文也も嬉しそうに笑ってくれた。 アメリカに行ったら当分帰って来られない、下手したらずっと帰ってこられないかもしれない文也との繋がりが欲しかった。 文也は行きたくないと言ったけれど、俺もそれを叶えてやりたいけれど、現実的にそれが無理なことはわかっていたからだ。
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