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昼飯は食べ歩きで済ませて、おやつもしっかり食って祇園の街を歩いていると、文也がふと一つの店を指差した。
「花火…」
それは日本に昔からあるおもちゃのお店で、時期的なものか、店頭には沢山の花火が並んでいた。
俺は車椅子をその店の前に寄せ、いくつか商品を手に取った。
「懐かしいな、昔よくやったよなー。」
「うん、葉介線香花火ヘッタクソだよね。」
「うるせーな…今はもうちょいマシにできる。」
「えーほんと?」
「なんだその顔は!できるっつの!」
けらけら笑う文也の顔からは、もう精気が感じられない。疲れ切ってしんどくて今すぐにでも横になって休みたいって顔だ。
時期は真夏、健康な俺でも照りつける太陽に体力を奪われるのに、文也には地獄だろう。ちょっと前に俺はホテルに戻って休もうと提案したけれど、文也は首を縦に振らなかった。
額から汗を流し、息を荒げて朦朧としている文也を見てはヒヤヒヤする。苦しいのかと聞いても、文也は暑いだけだよと手を振った。
「葉介、大袈裟。」
そう言いながら、文也は一つの花火セットを俺に渡して来た。
「ね、葉介…夜、やろうよ。線香花火で勝負しよ。」
「げっ…」
「え?自信ないの?ヘタクソだもんねー。」
「あー!わかったよやるよ!ちくしょー!」
やった、と文也は蚊の鳴くような声で呟き、痩せた手でガッツポーズをしてみせた。
ごちゃごちゃした狭い店内に車椅子で入るのは難しく、俺が一人で店内で会計を済ませて文也の元に戻ってきた時、文也は車椅子の中でうたた寝していた。
もう、限界だろう。
俺は起こさないようになるべくそっと車椅子を操作してホテルに戻った。バスの中で目覚めた文也はホテルに着くと残念そうにしていたけれど、大人しく部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。
次に文也が目を覚ましたのは、深夜だった。
「花火…花火しよう、葉介。」
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