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「は、はい……」
怒っている鵺雲さんを前に俺の意見なんて通る訳がない。
まるで手綱を握られる犬の様に鵺雲さんの隣をぴったりと歩かされた。
夜が近づく歌舞伎町は相変わらず賑やかで、五月蝿いぐらいに煌めいている。
鵺雲さんはそんな街のど真ん中をズケズケと歩いていける……が、浴びる視線の多いこと。
流嘉さんから前に聞いた事があるが、鵺雲さんという存在感は歌舞伎町の中でもかなり大きいらしい。
ーー良い噂も、悪い噂も飛び交っている。
一つは鵺雲さんが女性用のホストクラブで働いている時に、女性客を一人自殺まで追い込んでいるという噂
もう一つはゆくゆくオーナーとして歌舞伎町の一等地で大きな店舗を持つという噂。
あとは極道に兄弟がいるだとか、彼女が30人いるだとか、実は実家が借金で差し押さえられているだとか、女でも男でも構わず風俗堕ちさせるだとか。
本当に根も歯もない、尾鰭と妬みが付着しまくったただの噂話。
「鵺雲、新しい彼女か?」
なんて、道端で同業っぽいホストらしい出立ちの人から不意に声を掛けられる。
見た目的に鵺雲さんよりは歳上っぽい、良いスーツを着たお金を持っていそうな人。
でもその表情は何となく下品で、鵺雲さんとは絶対に合わなさそうだというのは一眼見て察した。
「…………。」
案の定、鵺雲さんは無視。
心底興味が無さそうな様子で目もくれていない。
ただ溜息だけが小さく溢れているのが隣でギリギリ聞き取れた。
「無視かよ。売り上げ良いからって調子乗んなよ。女から逃げて、こんなモブみたいな男と楽しんでんのか?堕ちたよな、元歌舞伎町No. 1ホストさんがよ」
プライドの高そうな男はそう言いながらズカズカと俺たちの前へと立ちはだかる。
渋めの髭を蓄えた顔とデカい身長のせいで妙に威圧感があるその男は、遠目に見るより大分オッサンっぽい。
俺が思うに、鵺雲さんより歴とホストとしてのプライドだけは立派なーー……
「おい、ブス」
その男は俺の顎を無理矢理片手で掴んで持ち上げた。
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