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どうして彼がここにいるのだろう?
国交絡みだと思うが、なぜ騎士服ではなく普段着なのか意味不明だ。
「早かったな。もう少し時間がかかると思っていたが。……二人でゆっくり話せ。ファシー……自分の気持ちに素直にな」
まだ茫然とルーファス様を見ている私に、トーヤがセラティア様を連れて去って行く。どうやら彼が来るのを知らなかったのは、私だけだったらしい。
さっきまで薬草園にいた師匠の弟子達も、いつの間にかいなくなっていた。
「……どうしてここに?」
私が話しかけると、ルーファス様は嬉しそうに笑った。
「ファシーユに会いに。そして、告白するためにここに来た」
「えっ……。告白?」
何を言っているのか理解が追いつかない。
私の気持ちなら、半年前にきっぱりと伝えたはずだ。一緒にはなれないと。
「もう一度、最初からやり直したい。初めて出会った頃のように。信じられないかも知れないが君だけを愛すると誓う。一緒に過ごして決めてくれないか? それでも無理なら諦める」
誰かに強要されているとか、嘘とかでもない。ルーファス様の必死な懇願にぐらついた。
「一緒に……。で、でも私はアリーシェへ帰りません。竜国でこのまま生きていきます」
この気持ちは変わらない。
この国は、私にとって居心地が良いから。ずっとここに居ようと覚悟を決めていた。
「わかっている。だから、俺がここに住む」
「えっ?」
ルーファス様のとんでもない発言に、私の顔から血の気が引いた。
彼は次期侯爵様だ。しかも一人息子。
そんな彼が竜国に住める訳がない。
するとファシーユの言いたいことがわかったのか、ルーファスが話し出す。
「家督は父の弟が継ぐことになった。家族や陛下にも了承頂いている。この国では宰相補佐の地位をいただいた。竜人は強いが、考えるのが少し苦手らしい。ちなみに俺は、策略は得意分野だ。勿論、第三皇子の口利きで」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
しかもまたトーヤが絡んでいる。
いつの間にかルーファス様は家族と国王陛下まで説得したらしい。その行動力に脱帽した。
「葛藤はなかったのですか? 生まれてから死ぬまで骨を埋める予定の場所だったのですよ? なにも、違う国へ来なくても……恵まれた環境だったではありませんか?」
ルーファス様が努力していたのは私が一番良く知っていた。
文官になるために。そして、騎士になるためには、血の滲むような努力が必要だったから。それを全部捨てることになるのだ。
「でも、そこに君はいない。俺は、ファシーの側にいたい。これからもずっと」
彼の瞳に迷いはなかった。
半年考え、周囲を説得したのだろう。……私のために。
「そこまでしなくても。……そこまでしていただくほど、私は素晴らしい人間ではありません。妬むしすぐ泣くし嘘もつくから……。あなたに飽きられてしまいます」
彼が思っている私の姿は、猫をずっと被って演じていた、大人しい深窓の令嬢だろう。彼好みに作り上げた虚像だ。
「俺も同じだ。婚約した時、君と何を話せば良いのかわからなくて無口な男になった。でも、黙っているだけじゃ伝わらない。だから、これからはなるべく言葉で伝える。だから……一緒に過ごそう。出来ればずっと」
思わず泣いてしまった。
彼の言葉が嬉しかったから。
半年前についた嘘は心の傷となっていた。それが解け始める。
この手を……もう一度取ってみたいと心が訴えた。
「私、本当は木に登るし走り回るのが好きです。それに馬にも乗りたいし旅にも出たい。私はこの先、我儘に生きると決めています。それでも大丈夫ですか?」
最終確認をするために言葉を並べる。
「勿論。木に登るのも付き合うし、馬は得意だ。練習に付き合うよ。君が一緒にいてくれたら、どんな旅も色鮮やかになりそうだ」
あんなにも無口で、何を考えているのかわからなかったルーファス様が、饒舌に話し出した。それも、私が欲しい言葉をいくつもくれる。
「この先、辛いことも多いですよ。竜国では私達、人間は肩身が狭いです。お仕事も竜人に囲まれながらは大変だと思います」
「覚悟してるよ。簡単に出来る仕事はこの世にはない。ファシーがいれば頑張れる。他には何かある?」
私の不安を次々と潰していくルーファス様は誠実だった。
だから、私も言葉に出して伝える。
「私で良かったら……一緒にいてください。出来れば年をとって死ぬまでずっと。だけど、しばらくはお試し期間です。ダメだと思ったらアリーシェへ帰って下さい」
もしかしたら上手くいかないかも知れない。
そう思った私は予防線を張る。
「いつまで?」
「えっと……半年ほど」
「うん。それなら耐えられるかな。でも、一緒に暮らすのは決まっているから。家も第三皇子から貰っているしね」
「えっ?」
またしてもトーヤが手を回していたらしい。
からかうようなルーファス様の言い方に笑みが零れた。すると、私の側まで来ると、一瞬迷いながらも引き寄せられた。
初めて抱かれた彼の腕の中で戸惑いながらも、その温もりに心から感謝した。
またこの手を取り、二人で歩める奇跡に。
「愛してるよ、ファシーユ。あ、それと第三皇子には気を付けて。俺達の子供を狙っているから」
「えっ……子供って」
結婚もまだなのに、いきなりの子供の話に顔に熱が集まった。
「俺達の子供が、皇子の番の生まれ変わりらしい」
その言葉に茫然とした。
トーヤが私を助けたのは、亡くなった番から未来を教えられていたからだろう。また生まれ変わると。
だから私を竜国に呼んだ。
自分と番のために。
慈悲などないと恐れられた竜族であるトーヤが、人間の私に優しかった理由が今、とけた。そして、これかの未来を予想して頭が痛くなりそうだ。
「……あとからトーヤを問い詰めないと」
「ああ。俺も手伝うよ。少しは反撃しとかないと」
「ええ、頑張りましょう。宰相補佐様」
そう言うと、ルーファス様が私の手を取って歩き出した。
また、この手に触れることが出来た喜びを噛みしめながら未来を目指す。
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