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「もっとゆっくり歩いたらどうだ? 危ないぞ」 「トーヤの言う通りですわ。ファシーユ様。転びますわよ」  トーヤとセラティア様が、走っている私を止めようと声をかける。  王宮の南に位置する薬草園で、私は籠を両手に抱えて走り回っていた。 「もう大丈夫よ。二人共、心配しすぎよ。師匠も大丈夫だって言っていたじゃない」  このやりとりは、もう五十回は軽く超えていると思う。  それほどまでに、自由に走り回っている私が気になるらしい。 「そうは言っても、半年前までは杖を使っていたのに。あの薬草は凄い。大量に採れないのが残念だ」  トーヤがその奇跡の薬草に近づく。  師匠が南国の国まで出向き採取して来た薬草は、この国の気候には合わないようで、栽培は上手くいかなかった。  目の前にあるのは、今にも枯れそうな緑の小さな葉っぱ一つだけ。  半年前は苗が七つあったのに、一つを残し無残にも枯れてしまった。  ルーファス様達がアリーシェに帰ってから半年が経った。  トーヤが教えてくれた情報によると、疫病は収束に向かっていると言う。竜国から持ち帰った薬が効いたらしい。  そして師匠が約束を守るために、大陸の最南端の国まで、奇跡の薬草を取りに行ってくれた。  治癒が盛んなその国まで、普通の人間だと二カ月はかかる道のり。  それを竜族の力を使い、一日で辿りつく怖さに言葉を失ったのは言うまでもない。  しかも、その国の王妃殿下に治癒や薬の調合を習って来たらしく、三カ月後に帰って来た師匠の手には、私の怪我を治す丸薬が握られていた。  そのまずい丸薬を呑み続けること一カ月。  上手く歩けなかった重い足は軽くなり、杖がいらなくなった。そして、徐々にならし、今は走り回れるほどに回復した。  それと額にあった傷や、身体にあった傷も薄くなり全く目立たない。  昔みたいに自由に動ける奇跡に感謝した。 「あ、忘れてた。ファシー、午後から客が来るぞ。……少しは身なりを整えろ」 「なんで?」  畑にしゃがみこみ土をいじっている私のスカートの裾は泥だらけだ。こうなることを予想して、汚れても良い服を着ていた。  なのに、トーヤが着替えろと言う。  ちなみに二人は畑にあるガゼボで優雅にお茶を飲んいる。  働いているのは私だけ。  なぜなら、私がこの畑の管理を師匠から任されたからだ。さすがに広大な薬草園を一人で管理することは難しく、師匠のお弟子さん達も手伝ってくれている。  トーヤは口だけ出す責任者の立場だ。 「私もその方が良いと思いますわ」  セラティア様までもがトーヤと同じことを言う。  仲良くお茶を飲んでいる姿は、陽だまりのように眩しい。その温かい空気に触れると、思い出すのはルーファス様の顔。  この半年間、便りは全くない。  それを望んで突き放したのに、まだ胸の奥がチクリと痛む。この病はまだ治りそうになかった。  残念な自分に呆れてしまう。 「このままでも大丈夫です。それに、私へのお客様が来る訳ないわ。だってお友達はいないもの」  街に下りれば、竜国で仲良くなった友人はいるが、王宮にわざわざ私を訪ねて来る人物などいない。  心当たりが全くなかった。 「うーん。ファシーがそう言うなら良いけど。着替えた方が良いと思うけど。お、……思ったよりも早く着いたようだ」  穏やかな表情だったトーヤの顔つきが変わった。  それは王族として誰かに接する時のもの。  トーヤがセラティア様の手をとる。  二人で立ち上がると、私の元へとやって来た。  竜族は人間より視覚や聴覚、嗅覚が優れている。トーヤは人間にわからない何かに気づいたらしい。  一体誰が来たのかと、興味津々に私も立ち上がった。  そこで気づく。  二人が言うように、思っていたよりも土まみれだと。  服の至る所に泥が飛び跳ね、手で払っても取れない。しかも顔を拭うと、顔にも土がついている酷い状態だ。 「トーヤ、セラティア様。やっぱり顔だけでも洗って来ます」 「いや、もう良いから。あっちも早く来たよな」 「そうですわね。よほど会いたかったのでしょうね。ファシーユ様に」  また二人が私にわからない会話を続ける。  それを聞いて私は口を尖らした。 「一体誰です? その私に会いたい……人って」  すると、トーヤが一方向へ視線を向けた。私に見るようにと指で示す。  時間が止まった気がした。  この場にいる全ての視線が彼に注がれる。 「えっ……なんで?」  木々の間から姿を現したのは、絶対に忘れない彼だった。  神秘的な白銀の髪に、私を真っすぐに見つめてくる緑の瞳は嬉しそうに見える。  半年前は厳しい顔つきだったのに、今はとても穏やかだ。
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