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3
「あ、お邪魔したかしら? ルーファス様の声が聞こえたから……つい」
なぜかわからないが、割り込んで来たアデル王女が泣きそうな顔をしている。
泣きたいのは私の方なのに。
「アデル様、護衛はどうしました? いくら安全とは言え護衛はお連れ下さい」
さっきまで私を見つめていた瞳は、すぐにアデル王女へと向いた。
すぐ隣にいた気配がなくなり、目で追うとルーファス様がアデル王女の傍にいる。
縋る様にルーファス様を見つめる王女の姿と、心配そうに王女を見つめるルーファス様を見ると、また泣きたくなった。
私がお邪魔虫に思えてならない。
「大丈夫よ。だってルーファスがいるもの。あ、あなたが婚約者のファシーユ様ね」
そう王女に声をかけられ、慌てて礼をとる。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。ファシーユ・ドニコールでございます」
これ以上言葉が出てこなくてカーテシーをするので精一杯。
「アデルよ。ルーファスには良くして貰っているの。仲良くしてくれると嬉しいわ。あ、その髪飾り……間に合って良かったわね。とても良く似合っているわ」
「えっ……」
思わず顔を上げて二人を見た。
「ルーファスが、あなたに何をあげたら良いのか迷っていて相談を受けたの。だから、私のお抱えの職人を紹介したのよ。ほら、私とお揃いね」
悪気がないのか、わざとなのか、王女の蜂蜜色の髪にも私と同じ形の髪飾りが見える。
色は同じ白銀で、宝石はアデル王女の瞳のタンザナイトとルーファス様のアレキサンドライト。まるで対のようなソレに、私の心は冷え切った。
……酷い人。泣きそうだ。私へのプレゼントに迷うくらいなら、何もくれない優しさが良かった。
ルーファス様を見ると、困ったような表情を私に向けている。
「王女様とお揃いで……とても嬉しいです」
そう絞り出すのがやっとだった。
「ここに鏡がないのが残念ね。川は流れていて濁っているから無意味だわ。早く戻って一緒に鏡を見ましょう」
アデル王女が無邪気に私の手を掴む。すると、草を踏みしめる音と共に複数の足音が聞こえてくる。
「姫様、一人で行動なさらないで下さい。探しましたよ!」
現れたのは三人の騎士で全員に見覚えがあった。
王族の護衛騎士は全員が貴族の出で身分が高い。そして、昔は騎士を目指していたルーファス様のご学友でもある。
「大丈夫よ。ルーファスがいるもの。文官になったけど、今も朝に訓練をしているでしょう? だから安心よ」
そのアデル王女の言葉に、騎士達も口々に頷きながらも、王女に一人で行動しないようにと軽い説教を始めた。
どうやらこの場で、ルーファス様が、まだ訓練をしている事実を知らないのは私だけらしい。
血の気が引いた顔でルーファス様を見るとすぐに視線を逸らされる。
それを見た途端、心に棘が刺さったように痛み出した。
ルーファス様は、まだ騎士に未練があるのだと知ってしまったから。
「今からでも騎士になれば良いのに。確かに文官としても優秀だけど騎士の方が似合っているわよ。ファシーユ様もそう思わない。あ、あなたは騎士が嫌いなのよね? 聞いたわ、あなたが文官になれって言ったって。……残酷なことを言うのね。ルーファス様は騎士になるのが目標だったのに」
「えっ……」
思わぬ爆弾に私の表情は凍りつく。
「アデル様。その話はもう終わったことです。私は自分で決めて文官の道を選びました。ファシーユは関係ありません」
「嘘よ。カサートもお兄様も言っていたわよ。勿体ないって」
口を尖らせて拗ねるアデル様の後ろで、長身の金髪の騎士が私から目を逸らした。彼がカサートだ。
この噂も相当広がっているのだろう。私の耳に入らなかっただけで。
心の奥で大切な何かが音を立てて崩れ落ちる。
夢見のせいで、ルーファス様の未来を奪ってしまったのだと今さらながらに気が付いた。ルーファス様から離れたくなかった私の身勝手さが、彼の全てを変えてしまったのだから。
ルーファス様が殺されるあの夢を見た時、婚約破棄まで話を誘導していれば良かったと後悔が襲った。
我慢していた気持ちが溢れてくる。
「……申し訳ありません。私のせいで」
「ファシーユ、違う。君のせいじゃない!」
頭を下げると、ルーファス様の慌てる声が聞こえたが顔を上げられなかった。
涙でぼろぼろの顔なんて見せられない。
これが最後なら笑って終わりたかったのに。
夢見通りならもうすぐアデル王女が死ぬ。私はその未来を変えるのだ。自分がどうなっても。
「おい! 全員逃げろ。何か来るぞ!」
先に異変に気がついたのはカサートだった。
だが気が付いた時には遅く、黒い獣が私達めがけて襲いかかってくる。
「どうして、こんな場所に黒狼がいるんだ。王女、こちらに」
カサートが焦りながら王女の傍まで駆けてくる。目の前に迫った黒狼は、残りの二人の騎士が対峙している。その間に王女を逃がすようだ。
髪飾りを見るために川の淵ぎりぎりに立っていた私とアデル王女は、咄嗟のことに身動きがとれない。
いくら夢見で見ていたとはいえ細部までは覚えていない。
今回も、アデル王女がお茶会で死ぬ。ただ、それだけの情報しかない。この後、どうなるのか想像がつかない。
「待って、カサート! あっ!」
運が悪いことに、カサートに手を引かれた王女はバランスを崩しよろめいた。カサートから手が離れると後ろへと倒れる。
「王女様!」
とっさに一番近くにいた私が、王女の手を掴み入れ替わるように川へと落ちる。だが、なぜか王女が私の手を離さず、王女も引きずられるように川へと一緒に落ちた。
「アデル様! ファシーユ!」
その声はルーファス様の声で、直後に、私達以外の水しぶきが上がる。
どうやらカサート様とルーファス様が、私達を助けに川へと飛び込んだようだ。
見た目以上の水量と流れの速さに、繋いでいた王女様との手は離れ、無情にも流されていく。
もがけばもがくほど水が口や鼻に入り込み息が出来ない。
しかも、ドレスが邪魔をして泳げない。
流されながら最後に私が見た光景は、王女を抱き抱えた二人が岸へ向かっている姿。
……あーあ。やっぱり、ルーファス様はアデル様のことが好きなんだ。私の存在を忘れているもの。……見たくなかったな。でも、王女様が無事なら良かった。
――私はいなくなるから、どうか幸せになって。
「ファシーユ!」
最後に呼ばれた名に、水に呑み込まれながら目をあけると、そこには遠くから私に向かって手を伸ばすルーファス様の姿。
だが、それをカサート様が止めている。
当たり前だろう。水の流れは早い。今さら私は助からない。
これで良いのだと、重くなる身体に諦め意識を手放した。
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