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「弟とは母が違います。私の境遇を案じて、よく離宮へと遊びに来てくれていました。私が言うのもなんですが……出来た弟です。それで協力を頼みました。必ずファシーユ様を竜国へおくるようにと」  頬に流れる涙を、セラティア様が優しく拭いてくれる。 「髪飾りも、ルーファスはカサートに相談していたそうです。それをアデルが聞いてしまい……。竜人の至宝を扱うので腕の良い職人が限られてしまって……。それでアデルが自分の分も作ってしまったのでしょう。ルーファスの気を引くために嘘までついて」  聞けば聞くほどトーヤ達の策略に嵌ってしまったことに気づく。  でも、どうしてここまで、セラティア様が竜国に肩入れするのかわからない。 「どうして、セラティア様は、そこまでトーヤに協力するのですか?」  そう言うと、セラティア様の瞳がわずかに揺れた。  そして、トーヤを気にするそぶりを見せながらも口を開く。 「……私は不義の子であり将来はわかりませんでした。私が国内の何処へ嫁いでも安全とは言えません」  確かに、王家の血筋だと言うことが知られると、それを利用する輩も現れるだろう。それを陛下は危惧してセラティア様の処遇には悩んでいたらしい。 「全ては陛下のお心次第。私が将来を悲観し、泣いていた所、トーヤに会いました。そして……トーヤに協力することにしました。十八の時です」  言葉を慎重に選びながらもトーヤの顔色を伺っているセラティア様の様子で気づいてしまった。  ああ、そうか。直接、口には出さないけど、セラティア様はトーヤと交流していく内に愛してしまったんだ。  トーヤが決して自分を愛さないとわかっているのに。それでも想いに蓋をして協力した。トーヤのために。  そして、トーヤも知っているのだろう。セラティア様の気持ちに。でも、それに答えられないことに二人共気づいている。  真っ直ぐにセラティア様を見ると、困ったような恥ずかしそうな顔を見せる。  私がセラティア様の気持ちに気が付いたことがわかったのだろう。 「ファシーユ様には辛い思いをさせました。謝っても足りないことはわかっています。でも、言わせて下さい。本当に申し訳ありません」 「正直に言えば許せません」  あの時、あんなことがなければ、私は今も元気なままで家族といただろう。  でも……あのままでは不信感が募り、ルーファス様とは結婚していなかった。それに、家族とも仲が良いとは言えなかった。  妹に嫉妬し、兄達の顔色を伺い暮らす日々。  それは果たして幸せと言えたのだろうか?  竜国に来て、トーヤと出会って家族のように暮らして、皆が優しくて……幸せだった。それは間違いない。 「許せません。でも……竜国に来て後悔はありません。違う景色を知ることが出来ました。あの世界だけが全てではないのだと教えられました。トーヤと師匠が、足と額の傷を治してくれるなら許してあげるか検討します」 「うん、うん。それは任せて。実は良い薬草が手に入ってさ。ほら、ファシーが半年前に夢見で教えてくれただろう。南方の地域の海の薬草の話。あれ……素晴らしかった。ファシーの足も必ず良くなるよ」  全ての元凶のトーヤは、全く反省の色が見られない。  それどころか、前に教えた夢見の話を熱く語り出した。どうやら竜国にとっては有意義な情報だったらしい。 「そ、そう。良くなるなら私も嬉しいわ。……必ず治してよ」 「勿論だよ。ファシーが竜国に来てから俺が嘘をついたことはないだろう? あ、それとね。アデル王女の追加情報教えてあげる」 「追加情報?」  嫁いだアデル王女に、他にも何かあるのかと身構えていたら、トーヤではなくセラティア様が口を開いた。 「本当は竜国に嫁いで来るのはアデルだったのです。ですが、誰だか知りませんが、アリーシェに脅迫文のような怖い書簡を送りつけてきました。それでアデルが泣いて陛下に懇願し、わたくしが来ることになったのですわ。それもトーヤの策略でしたが」 「当たり前だよ。セラティアと約束したからね。ファシーが竜国に来たら、君を自由にする手伝いをするって」  詳しく聞くと、竜国に王女を嫁がせる目的は薬だったらしい。  疫病が流行りアリーシェでは打つ手がなくなった。  それで竜国に薬を。隣国、エーデルに経済支援を求めた。そこで王女をそれぞれの国へと嫁がせることが決まったと言う。  エーデルは王弟とは言え、歳は五十二歳、妻や愛人が多数いる問題のある人物。人柄も聞こえてくる噂は醜聞まみれ。  それを知っていた陛下は、可愛がっていたアデルを不憫に思い、最初、アデルを竜国へ、セラティアをエーデルへ嫁がせることにしていた。 「五十二が嫌って、俺は二百歳超えているのに。人間は見た目だけで選ぶんだ」  トーヤが笑いながら私達を見る。  トーヤは二百歳を超えているが、見た目は人間で言う二十代。しかも、今のような凛々しい姿をしていればアデル王女好みだろう。 「トーヤは書簡に、嫁いだ王女は竜国の物として扱い、薬にすると書いたの」 「薬に?」  酷いでしょ? と、大きく息を吐いたセラティア様は、疲れたのか背もたれに身体を預けた。 「そう、髪も爪も臓器も全部薬に使うと書いたの」 「うわ、トーヤ酷い。それとも……人間で作る薬とかあるの?」  恐る恐る聞くと、トーヤが目を吊り上げた。 「そんな訳ないだろ。さすがに人間は薬に出来ない。まず薬になる要素がない」  筋と脂肪の塊なんて使えないと本気で語り出すトーヤの話は聞かなかったことにする。  どうやら、その書簡を見たアデル王女が泣き叫び、懇願した結果、二人の嫁ぎ先は入れ替わったらしい。  トーヤの作戦勝ちだ。 「アデルは苦労するでしょうね。エーデルの王弟の子供は、アデルよりも年上ですもの。隣国と言えども、あの国はあの国で権力争いが激しい。アリーシェへ里帰りも難しいでしょうね」  甘やかして育てられた分、これからは地獄だろうとセラティア様は語る。 「それで私が竜国へ来ましたの。……ルーファスを連れて。カサートに手を回して貰いました。ファシーユ様が会わないと言われたらそれまででしたが、大きな誤算でしたわ。偶然、ファシーユ様を見つけるなんて奇跡ですわね」  そう言われても、これまでの経緯がわかると偶然とは思えない。  蜂蜜を取りに行ったから会ってしまった。  それを考えると、トーヤと師匠がまた計画したのだろう。 「……トーヤも師匠もお節介ね」 「そう? いつまでもうじうじしていると、また川に投げ捨てられるよ。師匠は、竜国で一番長く生きているから、使えないとわかったら即座に切るよ。それが、未来が見えるファシーユでもね」  一番長く生きている? それって……。 「師匠は始祖である竜王の番だった。その竜王の心臓を喰らった。そして、不老不死になりこの国を守っている。……怖い人だよ」  トーヤが嘘をついているとは思えない。なら、それは本当の話なのだろう。確かに師匠が怒る時は必ず理由があった。  酷いと思った時もあったけど、生きる意味も教えてくれた。苦しい時には、トーヤと一緒に傍にいてくれた。 「ファシーユ。私はこのまま竜国に留まりますが、ルーファスや他の護衛達は、明日の早朝すぐにアリーシェに戻ります。薬を届けなくてはいけませんから。……一緒に帰るなら明日が最後の機会ですよ」  セラティナ様の言葉に身体が強張る。  私の中に、ルーファス様と一緒に帰る選択肢がなかったからだ。だから戸惑ってしまう。 「そうだね。帰りたかったら帰っても良いんじゃないかな? 師匠は俺が説得するから……ファシーユの好きにしなよ」 「で、でも。そうしたらアリア様の遺言が」  番の遺言を守った意味がなくなるとトーヤに訴えると、トーヤは大丈夫だと笑みを見せる。 「自分の心に正直に生きるのが一番だ。後悔だけはしないで……俺のようにね。ファシー……さあ、お迎えが来たよ。頑張れ」  そうトーヤが言うと、ガゼボの外へと視線を向けた。  誰か来たのかと見てみると、現れたのはルーファス様で、憮然とした表情で近づいて来る。 「……お話は終わりましたか? ファシーユと話をしたいのですが」  そう言ったルーファス様は騎士服から着替えたようで、何の飾り気もない黒の上下の服を着ていた。  なんだか新鮮でじっと見つめていると、ふいに合った視線に慌てて逸らしてしまう。 「ああ、こっちも終わったよ。ここを真っ直ぐ行くと大きな噴水がある。七色に光る珍しい噴水だから見て来たら良いよ。ファシーも見たことなかっただろう?」  どうやら私がルーファス様と一緒に行くことは決定事項らしい。  セラティア様を見ると、励まされるように手を強く握られた。 「そろそろ我儘を言っても良いと思いますのよ。ファシーユ様は我慢しすぎです。頑張って!」  耳元で囁かれたが、トーヤがにやにやと私を見ている。  どうやら、人間よりも聴力が良い竜人には全部聞こえているらしい。 「頑張って、ファシーユ」  その余裕ぶった顔にちょっとだけ苛々した。 思わず目の前に置かれていた、生クリームが大量に入っているベリーパイをトーヤの顔めがけて投げてやった。  べしっと音を立てたパイは、見事トーヤの顔面に命中している。おかげで生クリームだらけだ。 「……酷いよ、ファシー。これ料理長の渾身の作品なのに」 「うっ」  それを言われると申し訳ないことをした。  食べ物に罪はないのに……。 「自業自得です。殴らない代わりに少しだけ許してあげます。林檎一個分くらい。私達を罠に落とし入れた罰として全部食べて下さい。セラティア王女もです」  私がそう言うと、二人は反省したように頷いた。  そして、いつの間にかルーファス様が傍へ来たと思ったら、流れるような仕草で私を軽々と抱き上げた。 「えっ? ルーファス様!」  私が思わず抗議の声を上げても、ルーファス様は止まらず、トーヤが言った噴水の方へと歩き出した。
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