希山望は帰らない

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希山望は帰らない

「希山望(きやま・のぞむ)の新曲、りぃちゃん聞いた?」  朝の教室で、低血圧と縁のなさそうな表情のちい子が私に話しかけてきた。  ううん、と首を振ると、心底驚いたように言われる。 「えっ、もしかしてりぃちゃん、希山望知らない?」 「すごい人気の歌い手だよね」 「何だ、知ってんじゃん。あの声、りぃちゃん好きそうなのに」 「うーん。有名すぎて興味ないだけ」 「もったいなぁい!」  希山望は、有名アーティストの曲や、ネットで公開されている音楽をカバーして歌った音源を動画投稿サイトにアップしている歌い手だ。 既存の曲を歌ってみた、という主旨の動画はそのまま「歌ってみた」と呼ばれていて、それを投稿する人達を「歌い手」と呼ぶのが何となくお決まりになっている。  私とちい子は何人か好きな歌い手がいて、それを語り合える数少ない仲間だった。  無数の歌い手がいるので、ほとんどの人が日の目を見る事はない。私もちい子も普通の人よりは詳しいけれど、歌い手全員の情報を網羅する事はできない。それぐらいにたくさんの人がインターネット上で自分の歌声をアップロードしているのだ。  その中でも抜きんでて歌の上手い人や、声に特徴のある人、面白いネタを曲の間に差し挟めるような人は注目を集めやすく、インターネット上で即座に拡散されるほどの脚光を浴びる事がある。  希山望は二年前に動画投稿サイトに現れてから、その高い歌唱力でずっとトップクラスの人気を誇っている歌い手だ。  楽曲のタイトルで検索をかけると、原曲よりも上位に表示されてしまう事もあるくらい、希山望の曲は再生されて、高評価のボタンを押されている。  それぐらいの事は、興味が無くてもインターネットを使っていると勝手に知ってしまう。  古典の教科書を用意しながら私は苦笑する。 「ほら、私「もっと評価されるべき」のタグがついてる人を応援したい方だし」 「そっか……いや、でも、希山さんの「シャルル」は聞いてほしいっ! 絶対損しないから!」  力説するちい子の気持ちも分かる。    私だって好きで応援している歌い手の動画をちい子に勧めた事がある。  ちい子は嫌な顔一つせず、次の日に聞いた感想を教えてくれた。  それでも私はこう答えてしまうのだ。 「うん、機会があったら聞くよ」  それがノーという意味だと分からないほどちい子も馬鹿じゃない。  始業のチャイムが鳴りだして、残念そうに、名残惜しそうに彼女が頷いた。  希山望の歌は、聞きたくない。私はそう思っていた。    希山望という存在を知った時、私は中学生だった。  いつものように親の目を盗んでネットサーフィンをしていると、彼の動画に行き当たった。 「モザイクロール」という曲を希山望はカバーしていた。 少しボーカロイドの事を知っている人なら一度は聞いた事があるような、ネット上では有名な曲だ。  彼のアカウントは作られたばかりで、初めて動画を投稿してから一日も経っていなかった。  それなのに再生回数が十五万回に近くて、思わず「うさんくさっ」と言ってしまった。  再生回数の増やし方には色々な方法がある。  正攻法として動画サイト内に広告を打つ方法もあるけれど、それにしたってこの数字の伸び方は異様だ。  そうなると、裏口の方法を、サクラを使っているのかもしれない。  ある程度の再生回数をサクラが稼ぐと、あとは勝手に「なんでこの動画が伸びてるんだろう?」と興味を示した人達がアクセス数を増やしてくれるのだ。  疑いを持った私は、その手に乗るか、と再生をキャンセルしようとした。  でも、手を止めてしまった。  キャンセルする寸前に流れ出した彼の歌声を黙って聞くしかなかった。  青い燐光を纏っているかのような、透き通った美しい声だった。  それなのに男の人らしさがあって、力強い。  どちらかと言えば低い声だ、と思う。  それなのにボーカロイドの甲高いキーを無理なくファルセットなしに歌いこなしていた。  コメント欄に次々と賞賛の言葉が書き込まれていく。  その目まぐるしい動きを見ながら、私は呆然とした。  感動と呼ぶには綺麗すぎる。衝撃じゃ足りない。何と言えばいいのだろう。  言語化できない想い、というものを抱いたのは、この時が初めてだった。  ただ、何故か懐かしい、という感情がはっきりと胸を締め付けていた。  彼の動画が一つ、また一つと投稿される度に私は熱心な希山望の信者になっていた。  ファンじゃなくて、信者。悪口のように使われる事もあるけれど、私はこの「信者」という言葉の響きが好きだった。真っ当に狂える対象を見つけられるというのが、幸せな事に思えたからだ。  私は希山望のSNSアカウントを隈なくチェックし、追い続けた。彼が新しいカバー曲を投稿するたびに長文のコメントを書いた。 希山望は動画の投稿を十八時にする事が多くて、私は学校の帰り道の間中、スマホの画面を見続けた。電車の中で彼の新曲に気づいたら、すぐに電車を降りて駅のホームで何度も彼の新しい歌声を聞いた。  家に帰ってしまうとスマホを手にしているだけで親が「もう解約するよ」と脅してくるから、外で音楽を聞き込んで、家では頭の中で音楽を流すのが癖になっていた。帰りが遅くなる事については「学校で自習をしていて」と言えば、多少は疑われても押し通せる。  私の親はお兄ちゃんに逃げられている。  だから、残った私を疑いながらも今度は逃げられないために目の届く範囲の自由を与えようと必死なのだ。  お兄ちゃんはとても弱気で、自分の意見をまともに言えないような人だった。でも、大学生になった時に「一人暮らしがしたい」と親に言ったらしい。親は「何を言い出すのだ」とお兄ちゃんを叱った。そうしたら、お兄ちゃんは大学二年生の秋に忽然といなくなってしまった。親は捜索願を出して、しばらくおろおろしていたけれど何も手掛かりがないまま一年が経って、すっかり諦めてしまったようだった。「元々、デキの良い子じゃなかったし」というのが親の口癖になって、「莉子(りこ)はお兄ちゃんとは違うもんね」が私を褒める常套句になった。  お兄ちゃんがいなくなってから、私がインターネットを見るのを親は極度に嫌がるようになった。お兄ちゃんは、インターネットの達人だった。目当てのものを上手く検索できない私に調べ方を教えてくれたり、ウイルス広告に遭遇した時の対処方法や、ガセネタのニュースを見分ける方法を伝授してくれた。お兄ちゃんは四六時中スマホとパソコンを見ていた。  私が「歌ってみた」の動画を検索し始めたのも、お兄ちゃんの影響だった。私とお兄ちゃんはあんまり会話をしなかったけれど、同じ動画を黙って聞き続けていた思い出はたくさんある。あの時二人で聞いた音楽は、確かに私達の心を救っていた、と思う。けれど、救われていたのは私だけだったのかもしれない、とお兄ちゃんがいなくなってから思い直すようになった。  家で動画を見ると「お兄ちゃんみたいな事しないで」と親は言う。私は動画の鑑賞を邪魔される事より、お兄ちゃんをまるで間違った人間のように引き合いに出して叱ってくる親の言い草が嫌いだった。  いつか私もお兄ちゃんみたいに逃げ出してやる。わずかなお小遣いを溜めながら、私はそう思っていた。その鬱屈した心を癒してくれたのが希山望の歌声だった。  希山望を素直に応援できなくなったのは、彼の存在を知って、信者になって、数か月後の事だった。  彼は動画投稿の他に、生放送で映像をライブ配信できるアプリサービスでギターの弾き語りをしたり、雑談をするようになった。  ライブ配信は昼間に行われることが多くて、私は何とか授業中にスマホで配信を聞く方法を編み出していた。まず耳元が隠れるくらい髪を長く伸ばす。イヤホンはコードの黒いものを用意する。制服のブレザーの内ポケットにスマホを入れて配信開始の待機画面にする。イヤホンを制服の袖の中に通して、音の聞こえるイヤホン部分を掌で押さえて、頬杖の姿勢を取る。そうすると、掌の中で希山望の声が聞こえる。授業態度が悪そうに見えるかもしれないけれど、居眠りしたり、小声でずっと話している同級生が他にいるからそれほど悪目立ちしない。音量は最小に絞って、音漏れに気をつけた。希山望がおどけた発言をした時も笑いそうになるのを堪えて、表情をぴくりとも動かさない技も身につけた。  彼は顔を出さずにいつもギターを持つ手だけを画面に映す。希山望のギターは、素人の私でも分かるくらい拙いもので、それを「へたくそ」と率直にコメントする人もいた。それでも彼はライブ配信のタイトルをいつも「ぎたーのれんしゅう配信するよ」としていたので、主旨は外れていなかった。ぎこちないギターと堂々とした歌声を同時に聞くことになるので私のような信者は彼のライブ配信を「究極のミスマッチタイム」と呼んでいた。  その日も希山望は配信を始めた。家庭科の授業中でビタミンの役割について学びながら私は希山望がアコースティックギターと共に「天ノ弱」を歌いだしたのを聞いていた。お兄ちゃんがよく聞いていた曲だ、と思った。ボーカロイド全盛期に発表された曲の一つで、お兄ちゃんの世代と一致する。同い年くらいなのかな、とふと思いながら彼の声に耳を澄ます。初めて彼の歌を聞いた時に感じた、懐かしい、という感覚。ほとんど会話のない兄妹だったけれど、私はお兄ちゃんがいなくなって寂しかったのだ、と理解した。そう思ってしまったら、頬杖をついている掌を涙が一筋伝い落ちていった。私はすぐに目元を拭いて何でもないような顔をした。誰も私の涙なんかに気づいていない。希山望の歌が終わった。 「懐かしい、ってコメント多いね。確か発表されたのって二〇一一年頃?」  タイムリーなコメントが投稿されている画面を彼は読みながら話し出した。 「八年前か。懐かしいって言うほどじゃ……いやあるわー、俺まだ中坊じゃん!」  うん、うん、と希山望は何度か頷いた。 「高校受験で荒んでた時にボカロ全盛期経験しちゃったからさ、やっぱ深くハマったなー。今は歴史の年代覚えられるようなボカロCDが付録になってる参考書とかあるじゃん? 超羨ましい」  そう笑う彼が思いついたように言う。 「あっ、この流れだし質問これから受け付けます。コメントでぜひ送ってくださーい。全部答えられなかったらごめんね」  授業中じゃなかったらすぐに送ってたのに。がっかりしながら、希山望がじゃかじゃかと気まぐれに鳴らすギターの音を聞く。 「じゃあ一つ目。『仕事は?』夜間警備員です。自宅警備員じゃないからね」  昼間にライブ配信をするのは夜に仕事をしているからなんだ、とようやく納得する。 「二つ目。『出身は?』埼玉でーす。関所はないのでぜひ遊びに来てください。何もないけど!」  あっはっは、と彼の笑い声が聞こえた。私も埼玉育ちだから彼の自虐の仕方につられて笑いそうになる。 「三つ目。『一人っ子ですか?』ううん、妹がいます。七歳下の」  希山望が口にした言葉に心臓が跳ねあがった。七つ離れた兄と妹。私とお兄ちゃんの歳の差と同じだ。 「ん? 『妹さんはこの活動の事知ってますか?』……いやー、知らないと思うけど。もう離れて暮らしてるし」  知られてたら驚きだよね、と苦笑する声が聞こえた。 「いやいやコメント欄『お兄ちゃん!』で溢れすぎだから。兄貴らしい事とか全然してなかったし。一緒に歌ってみたとかボカロ動画見てたくらいかな」  思い出がぴたりと一致している。希山望の声を注意深く聞く。お兄ちゃんはいつも囁くようなか細い声で喋っていた。でも、もしもお兄ちゃんが希山望のようにはっきりと話していたら、こんな声になるんじゃないのだろうか。お兄ちゃんの声の記憶は霞んでいて、もどかしいくらいに希山望の声と重なりそうで重ならない。 「あ、そろそろ時間かな。それじゃあまたお会いしま、あっ!」  ふいにカタン、と何かが倒れるような音がした。そのまま音声が途切れて、ライブ配信が終わったのだと分かった。  その音が何をもたらしたのかを知ったのは、家庭科の授業が終わった後の休み時間だった。SNSのトレンドに「希山望」「顔バレ」の文字が躍っていた。概要を見ると「配信中にカメラが倒れ、一瞬映りこんだ」らしい。スクリーンショットの画像はこちら、という案内に従って、画面をスクロールする。画面を動かすたびに位置を変えてくる広告を避けながら、私は希山望の素顔を求めた。  そして、一番下のページに彼の写真があった。  希山望は隠す必要が全くないほどに整った、王子様のような顔立ちをしていた。青い燐光を放つような美しい声に相応しい外見の男の人だった。今まで彼が顔を出したがらない理由を「ブサメンだからでしょ」と心無い言葉で野次っていた人々はきっと今頃黙り込んでいるだろう。私の胸を熱くしていた感情が花火のように弾けた。  希山望は私のお兄ちゃんじゃない。いくら整形をしたとしても、お兄ちゃんはこんな美しい人にはなれない。だから、彼のコメント欄に「お兄ちゃん、帰ってきて」と打ち込むことはできないのだ。 「……それが出来たら」  私の胸の内が焼け爛れていく。希山望が私の家に帰ってくることはない。彼は他人だから、私に「ただいま」なんて言わないのだ。  それ以来、私は希山望の信者であることを止めた。お兄ちゃんの声に重なりそうで重ならない彼の声を懐かしい、と感じていた自分が、滑稽でダサく思えて、そのイタい感情を私は憎むようになっていた。自意識過剰な思春期丸出しの自分が恥ずかしくて堪らなかった。そうして、私を勘違いの妄想に巻き込んだ希山望という存在を遠ざけるようになった。彼に落ち度は何にもないと分かっている。でも、彼の存在は花火が消えた後に漂う煙のように私の心を黒く曇らせるのだ。  希山望は顔バレした事によってますます人気を獲得していった。彼自身は相変わらず手元だけを移したライブ配信で、拙いギターを弾いているらしい。  私への布教を諦めきれないちい子から放課後、熱心にそう教えられた。今度アニメ主題歌を担当して、CDも出すという事だ。  華々しい彼の栄光を聞きながら、私は頬杖をつく。授業中に希山望の歌を聴いていた日々を思い出す。それは確かに幸せな時間だった。逃げ場のない私の、唯一の隠れ家が希山望の歌声だった。お兄ちゃんは、今もパソコン画面を眺めているだろうか。どこかで希山望の歌を聞いているのだろうか。 「りぃちゃん、聞いてる?」  膨れ面のちい子に言われて、私は返事をした。聞いてるよ、と。
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