ロシュフォル城の朝

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「おはようございます。パトリック様。……アンジェリア様、また後で……」  マーサはそう言いながら、私にウインクして、キッチンの方に消えていった……。  パトリックは涙ぐんだような顔で、スッといつもの席に座る。私の隣。そして、私の手をギュッと握る。 「どうしたのパトリック?」 「……お姉様が……、もう戻ってこないかと思って……」 「大丈夫よ。それに、そんな弱気でどうするの!」 「だって……」  パトリックの目には、みるみる涙が溜まっていく。私は、ナプキンを手に取り涙を拭き取って、パトリックの頭を撫でた。 「アンジェ。無事だったのね……」  長女のザラ姉様だ。 「お姉様、心配かけて御免なさい……」 「心配なんてしてないわ。獣族にさらわれて、無残な死を遂げた……なんて結果になっていたとしたら、当家の恥だわと思ってただけ……」  冷たくそう言うと、ザラ姉様は席に着いた。  グスグスと鼻を鳴らすパトリック。黙り込むザラ姉様。女中達が食器を並べる間、気まずい雰囲気が続く……。 「おお。我が可愛い妹よ」  入って来るなり、背後から抱きしめられた。長男のアーノルド兄様だ。 「お兄様……」 「流石我が妹。今度、ベアクレス殿を紹介してくれないか。大国シメールに従属する国王たちの中でも、獣王軍と交流のあるものはいないだろう。ましてや、天下無敵の大獣将軍の後ろ盾があるなんて、人族にとっては前代未聞。これは、今までおとなしくしていた我が国が覇権を取り戻す絶好の機会なのではないか?」 「……」  実力もないのに、血気盛んで、意識だけが高い……。私には優しいお兄様だけど……。  頭脳派のヘイゼン兄様とは大違いだ。次男のヘイゼン兄様の席は空席。大国シメールの文官として王都に出向いている。北の大国アヘルーザとウエストレフテス帝国の二大強国が、その境界に位置する独立国スペンスサージェンをめぐって、近いうちに戦争になりそうだという噂が流れてから、ずっと戻ってきていない。  国王であるお父様と、その妃であるお母様が席に着く。お父様は、私に優しく微笑みかけてきたが、お母様は私に目もくれなかった……。何事にも厳しいお母様は、今回の件をどう思っているのだろう……。  食卓に食事が並び終えた後で、遅れて入ってきたのは、次女のレジーナ姉様。席は私の隣。パトリックと逆側の席。  席に着くなり、私に小声で囁く。 「ふんふん……。なんか獣臭いわね……」  そして、いただきますの挨拶もなしに、パンを一切れ摘んで口に入れる。 「ベアクレスだっけ? 将軍でしょ? 中途半端なの捕まえてきたわね」  対抗心剥き出しのレジーナ姉様……。獣王ギルバート様も馬車の中に居たんだけど……。ベアクレス様じゃなくて、ギルバート様に部屋まで抱っこして連れてこられたら、どんな反応だったんだろう。 「レジーナ姉様。勘違いです」 「ふふん。誤魔化さなくてもよくってよ。確かに男の格としては、かなりランクが高いわね。でも、認めているわけじゃないからね。いい気になるんじゃないわよ!」  男関係にやけにムキになる高慢なレジーナ姉様。  ベアクレス様やギルバート様もそうだけど、私は更にそれを遥かに超えた存在の方々に出会ってしまった。レジーナ姉様にそれを言ってやりたいけど、あまりにも突飛すぎて、たぶん作り話にしか聞こえない。それに実際、私自身何かが変わったわけじゃない……。小国の三女に生まれた私は、このままどこかの国の王族か貴族に嫁いで、慎ましやかに生きる運命なんだ。
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