王女様がさらわれた

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 目の前で私をひたすら無視する男……。イケメンだけど、盗賊に成り下がるくらいだから、身分もたかが知れてる。微妙な身分の人ってのは、お兄様みたいに変にプライドが高い。それに加えて、イケメン……。最悪にタチの悪い組み合わせ。こいつもそんな類の輩に違いない。  ところで、さっき、ドスラクと言ったけど、あの辺境地のドスラクまで来たってこと? もうそんなに時間が経ったの? それとも特別仕様の馬車なのかしら? 想像を絶するパワフルな馬だわ。いやいや、常識的に考えても我が領土から、ドスラクにまでたどり着くには、何日もかかるはず。しかもそこまで、馬車道が整備されているとは思えないし、直進するにも広大な森や深い渓谷や連なる山脈がある。  それよりなにより、その一帯は獣王のお膝元の土地じゃない……。つまりは、人族どころか魔族すらも立ち入らない、獣人たちの王国。そんなところに、人族の私が近寄っていいわけがない……。見つかったら最後、獣人たちに八つ裂きにされてもおかしくない……。私は、城に連れて行かれる? ドスラクより先に人族の城は無い。まさか、獣王の城!? 私は、獣王への貢物……?   それならば、少しは納得できるわ。……いや、納得してる場合でもないけど。貢物って、どういう扱いなのかしら? 獣王が花嫁を募集してる、なんて聞いたことないし……。もっともそんな噂、人族の領域に流れるわけがないか。ならば、単なる愛玩用……? なんか、エッチね……。それとも、奴隷……? まさかの……、生贄……。  想像して身震いする。そ、そういえば……、トイレに行きたい……。  トイレを願い出て、聞き入れられるだろうか。そんな、逃げる為の常套手段のような台詞……。それに、なんだか言うのも恥ずかしい。ちょっと、イケメンな気がしたし……。かといって、このまま漏らしちゃうのも屈辱的だ……。  とか思いながら、その男を警戒して、なるべく目を離さないようにチラチラと見続ける私。時折激しく揺れる馬車に、月明かりが荷台の男を照らす。私の視線に気付いたのか、男がこちらを見た。  男と目が合ってしまった。男は口元を緩め、キラリと光る牙を見せる。背筋に冷たいものを感じて、身構える私。イケメンだからとはいえ、男は男……。何をされるか分からない……。もしも襲ってきたら、おしっこかけてやる。少し怖くなったけど、目を逸らさず負けじと見続けていたら、向こうが目を逸らした。  勝った! ふん。度胸のないやつ。それとも、貢物には手を出さないって主義かしら。それにしても、この男……。やっぱりなんだか、ちょっと高貴な感じがする……。イケメンだから??  荒々しいダークブロンドの髪、彫りが深く通った鼻筋、がっしりとした顎。言うならば、ワイルドイケメンだ。少しくたびれて、着古したような服装だけど、清潔感がある。大きくはだけた胸元は筋骨隆々でたくましい。首元には、煌めく金色のネックレス。装飾の感じからすると随分と高価なもののようだが、何処かの貴族から略奪したものだろう。ははーん。これだ。なんとなく高貴に感じたのはこのせいだ。  私は男をじろじろと見続ける。どうやら、あまり手荒な真似はしてこない様子だし。ちょっと気持ちに余裕が出てきた。でも、油断はできない。このあと私はどうなるのか……。そんなことを考えているうちに、馬が減速する……。何処かに着いた?
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